≪1月23日≫

 

朝、目が覚めてカーテンを開けると、お向かいの屋根には白い雪がたっぷりと積もり、その端はやわらかくカーブを描いていました。未明から降り続けた雪で東京は4年振りに真っ白になり、20cmを超える積雪が記録されました。

夜中に目が覚めて母とホットミルクを飲んだ後、私は再び眠って朝を迎えました。母はというと、眠ったのか眠らなかったのか、ふんわりとした視線で朝のニュースを眺めていました。

今日、明日はお休み。退職までは残すところ2週間程度です。

「朝ごはん食べようか」

目玉焼きとキウイ、それからごはんだったでしょうか。おぼんにのせて、私は母の布団のへりに座りました。
食事もほとんど食べなくなってしまいましたが、果物は食べてくれることが多く、冷蔵庫には母の大好きなイチゴも入っていました。

「雪、積もっているよ。外見てみる?」

「うん、後で見てみる」

キウイと、目玉焼きを半分くらい食べた母は、「もう十分」といった様子で目を閉じました。

 


年が明けてから、まだ1度も外に出かけていない母でしたが、そろそろ痛み止めを出してもらっているペインクリニックに行かなくてはなりません。明日には多少動きやすくなっているだろうか……と、雪の積もった道路をちらりと見て考えました。

「ちょっと、お買い物に行ってくるね」

「うん」

外へ出ると、まだあまり雪かきがされていない道が真っ白に伸びていました。本当に、こんな雪を見るのは久しぶり。母も見たら喜ぶかな。

すぐ近くにある職場の図書館を眺め、少し寂しい気持ちと、「よし」と、もう何度目かの決意で深呼吸をしました。転ばないように慎重に歩きながら近所のドラッグストアへ行き、買い物をして帰ると母がこんなことを言いました。

「仕事を辞めるなんて聞いて、大変だ、って思ったけど、でもやっぱり、うれしい。ずっとこうやって一緒にいられるのはうれしいね。だからあとちょっと、お留守番がんばるね」


お日さまの高さが低い冬は、南向きの我が家の窓からさんさんと光が差し込みます。

「まるでスポットライトだね」

と母が言う通り、部屋の中も、母のお布団も、やわらかい光に包まれていました。


お昼を過ぎて病院に電話をかけてみると、明日の予約を取ることができました。母にそのことを伝えると、お風呂に入らないと、と言いました。お風呂は、上がった後にも時間がかかってしまうので、寒い冬の間はなるべく昼間のうちに入るようにしていました。

そう言えばまだ、母は雪を見ていないな、と思いながらお風呂を沸かし、仕度をします。部屋の中は暖房でぽかぽか。冬の寒い日の、こういう時間が大好きです。

「さて入ろうか」

私が両方の手を伸ばすと、にっこりとした笑顔で母も両腕を伸ばしました。母の右手と私の右手、母の左手と私の左手、しっかりとつないで、よいしょと起き上がりました。

 


何度、こうして一緒にお風呂に入ったのでしょうか。子どもの頃に母が一緒に入ってくれたお風呂と、私がこうして一緒に入るお風呂と、どちらの数が多いでしょうか。

思えば、私はお風呂での思い出が多いような気がします。

中学生の頃、周囲の同級生とうまくいかなくて、それをやっと話したのも、お風呂に入っているときでした。私が湯船に入って、母は、私のぽつりぽつりとした話を、お風呂場のドアの向こうで聞いてくれました。だから、そこにはいつも、母のイスが置いてありました。


ぽかぽかと温まり、母の髪を洗って、たくさんの泡で身体を洗っていると、

「なんか怖いな」

と、母がぽつりと言いました。

「何が怖いの?」
「わかんない」
「そっか」

背中を洗い、「軽くなったから、背筋ピンってしてごらん」と言うと、母はしゅっと姿勢を伸ばしました。

「大丈夫だよ。こんなに姿勢もいいし、元気元気」

母がうなずいたのか、返事をしたのかは覚えていません。なぜそんなことを言ったのかも、よく分かりません。

きれいさっぱりと泡を流し、再び少しあたたまって、お風呂を出ることにしました。

お風呂場のドアを開け、いつものようにつかまりながら、支えながら、一歩ずつ出ます。


その直後のことでした。母が倒れました。