時代の潮目を迎えた今、自分ごととして考えたい社会問題について小島慶子さんが取り上げます。

受験シーズンに思うこと「子どもは未知の人。信頼して選択を尊重したい」_img0

一昨年、長男がオーストラリアで大学を受験しました。高3の11月に行われる統一卒業試験の結果と学校の成績から弾き出されたスコアによって、志望する大学・学部に入れるかどうかが決まります。といっても、日本の受験の風景と比べるとずいぶん穏やかな印象。そしてちょっと驚いたのは、浪人という概念がないことです。

 

大学進学にはいくつもの方法があり、統一卒業試験で思うような結果が出せなくても、チャンスは何度もあります。人生がそこで大きく変わってしまうわけではありません。日本では大学入試の厳しさを表す「18歳の春」という言葉がありますが、オーストラリアでは「高校を出たらすぐに大学に行かないと、その後の人生に差し支える」とは考えないのです。大学で学ぶ前に一度働く子、旅に出る子、軍隊に入る子もいます。2018年のデータ注1)では、オーストラリアの大学一年生のうち、20歳以下は63%、25歳以上は22%、40代以上の1年生もいます。今年大学2年になる長男も、30代の同級生と一緒に学んでいます。子どものいる学生も全く珍しくありません。学び直しも盛んなので、中には孫がいる年齢の人も。

オーストラリアでは、大学の知名度よりも、何を専門的に学ぶのかに注目します。「どこの大学でたの?」「〇〇大だよ」「偏差値高っ! すごいね」ではなくて「なんの学位を取ったの?」「〇〇学士/修士/博士だよ」「そこで何を研究していたの」という感じ。大学は、ほとんどが国立です。残念ながら学費は無料ではありませんが、奨学金の返済は、卒業後に年収がある程度の額に達するまで、猶予されます。

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いわゆる名門と言われる大学は、メルボルン大、シドニー大など8つあり、グループ・オブ・8と呼ばれています。西オーストラリア州では、その一つである西オーストラリア大学(UWA)がいわば地元のトップ校。ちなみに胃がんの原因となるヘリコバクターピロリ菌を発見して2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞したバリー・マーシャル博士は同大で医学を学び、現在も教授として研究を続けています。歴史もあるので、名門大の卒業生はそれなりにプライドを持っています。ただ、日本ほど熱心に「どこの大学か」を気にする風潮はありません。進学校ではとにかく名門大に入ることを目指す生徒もいますが、一般的には自分が学びたい分野ではどの大学がいいかで進路を考えるので、専攻によってはグループ・オブ・8がベストな選択とも限りません。


長男には、自分が勉強したいことを最も良い環境で学べる大学はどこなのか、調べてみたら? と言いました。そうしたら彼なりに色々な大人に話を聞いたり、大学を下見に行ったりしていました。どこを第一志望にするかも、本人に任せました。親は子どもの人生を代わりに生きてあげることはできないので、本人が納得できる選択をするのが一番です。
よく「子どもはまだちゃんとした判断ができないから」となんでもやってあげる親がいますが、高校生ならもう判断できるでしょう。人生を大切にしようとか、学ぶことは大事だということさえわかっていれば、あとはいろいろ試してみれば良いんじゃないでしょうか。それを可能にするような余裕のある教育制度や、何度でもやり直したり学び直したりできる社会であることが大事ですね。

親が子どもに教えてあげるべきは、どの大学がエラいかではなくて、「あなたの人生には価値がある」「学ぶことは楽しいよ」ということ。一流の塾を選んであげるのもいいですが、幼い頃から親が心から大好きだよと伝えて、真面目に話を聞いてあげることが、子どもの判断力を育てるのではないかと思います。ここでいう判断力とは、大人が望む答えを出す力ではなくて、自分の考えをもとに物事を決める力です。
その点では、大人の話を参考にしながら最終的には長男自身が判断できるだろうと、信頼を置いていました。

私も夫も中学からの一貫校だったので大学受験を経験しておらず、その厳しさを肌で知っているわけではないのですが、日本ももっとゆったりと進路を考えることができるようになると良いなあと思います。大学受験の時の偏差値によって“身分が違う”かのように考える感覚の人も多いように思います。受験を経験していない身から見るとそういう感覚はすごく奇妙というか、ときには滑稽に見えてしまうこともあります。ただそれは、実際に人生のいろんな場面で、大学名だけで判断されてしまうことが多い社会だからでしょう。そうした環境自体に疑問を持ったことも、私が子どもをオーストラリアで育てることに決めた理由の一つです。

息子たちは東京の区立保育園から区立小に上がり、小6と小3からはオーストラリアの公立小に通いました。ハイスクール(全て中高一貫)も公立です。もちろん、オーストラリアにも学校名を気にする親はたくさんいるし、いわゆる白人エリート層のネットワークは私立校を中心に形成されているので、妊娠中から必死でコネ作りをする人もいるそうです。でも、私たちはすでに日本でそうではない場所で息子たちを育てようと考えていたので、オーストラリアでも迷わず公立を選びました。

 
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