伊東氏の問題発言は「内輪向けの本音」


今回の発言をした伊東正明氏は、かつてP&Gでブランドマネージャーを務め、欧米やシンガポールでグローバル市場の開拓戦略を手がけた経歴の持ち主だそうです。マーケティング業界ではよく知られた人物であると報じられています。P&Gは、ジェンダーや人種のバイアスをなくそうと訴える優れた広告で、国際的な広告賞も受賞しているグローバル企業。長年にわたってダイバーシティやジェンダー平等の推進に取り組み、女性幹部が多いことでも知られています。伊東氏がそのような企業風土の中で長く過ごしたにもかかわらず、今回のような発言が出たことに衝撃を受けました。

おそらく、仕事の現場ではビジネスの振る舞いとしてそのような価値に共鳴している態度を見せ、リスクのある発言をしないようにしていたのでしょう。けれど日本の大学が主に日本人を対象に開講している講座では「内輪向けの本音」が出たのではないかと思います。

以前、あるハラスメント研修の専門家からこんな話を聞きました。「日本の大企業や、外資系企業の日本支社で働いている日本人男性は、海外出張やグローバルな会議では絶対にまずい発言はしてはいけないとわかっているんです。研修も受けているし、ビジネス上のリスクもわかっている。でも日本への帰りの飛行機の中で同行者に“ああこれで気楽に話せる”とセクハラめいた冗談を漏らす人もいる。使い分けはうまくても、ジェンダー平等や人権に関する本質的な意識のアップデートはできていないのです。つまりそれを許容する風土がまだ日本では色々な場所にあるということですね」と。

伊東氏の発言はまさにこうした感覚だったのではないかと思います。高額の受講料を払って大学の講座でマーケティングを学ぼうとする人たちをみくびる気持ちもあったのではないでしょうか。自分のような成功者の言うことはありがたがって聞くだろう。ここは日本の内輪だから、この言い方がウケるだろう、許容されるだろうと。ところが伊東氏よりも、日本の世論の方がDE&I (多様性と公正さ、包摂性)に関する意識が進歩していたのです。

 

受講生がこの問題をSNSで発信したのは当然でしょう。企業の人権デューデリジェンス(企業が自社のビジネスに関わるあらゆる人の人権を守る取り組み)が厳しく問われるようになり、市民にもその感覚は徐々に浸透しつつあります。この一件を受けて街の人の声を聞いたニュース映像では、「女性蔑視は許されない」「普段からああいう発言をしているのではないか」「あのような発言が許されている企業風土にも問題がある」などの声が取り上げられていました。マイクを向けられてそのように答える人が複数おり、そうした意見をテレビが取り上げることにも、社会の変化が表れています。

女性蔑視発言をすること自体が「無能さの証」とされる時代になったことに、伊東氏は気づいていなかったのではないでしょうか。建前だけのジェンダー平等理解では、もう国内外いずれでも通用しないのですね。