皆さま、こんにちは。
元柔道家で現役建築系学生の吉澤穂波です。家業の小さな建設業を継ぐため、昨年度から建築の専門学校に通っています。

さて、フランスでのEJU(ヨーロッパ柔道連盟)合宿を終えた「サンカク柔道クラブ」(以下、サンカク)の3人の女子柔道選手と私は、また車で数時間かけスロベニアに戻ってきました。

このサンカク、設立者でありコーチであるマリアン・ファビアン氏がめっぽう厳しいことで世界的に有名。

普通、きつい合宿を終え数時間かけて帰国した選手がいたら翌日は休養日になるところですが、サンカクのガールズたちはコーチの指示により帰国翌日から練習に参加していました。コーチ、厳し過ぎる……。

でもファビアンコーチ、外国人選手には優しいので、私はちゃっかりお休みをいただきました!

サンカクがあるスロベニアの「ツェリエ」という町の風景。こんなのどかな場所の片隅で、厳しい練習がされているとは思えません。

そして休養日翌日からずっとスロベニアでの練習生活が始まると思いきや、同じ階級のウルシカから驚きの情報が。

 


ウルシカ:来週、ドイツのBトーナメントに出るよ。ホナミも出る?

私:本当?! 出たい!!


「Bトーナメント」とは、国際大会のグレードで「B」に値する大会のことです(当時のシステム。「Aトーナメント」を上級とし、それに次ぐのが「Bトーナメント」でした)。

国際試合の経験を積むことは、この修行の目的である「世界で戦える力をつける」ために願ってもないチャンスです。なぜって、勝つための力は練習だけでつくものではなく、試合経験を積んでこそ培われるものだから。

ここで試合ができるなんて、なんという棚ぼた!

サンカクで数日間練習し、翌週、私とサンカクのガールズ、そしてファビアンコーチはドイツに向かいました。もちろん車で。

そしてドイツの某都市に到着。
大会の参加手続きを済ませた私たちを、ファビアンコーチが少しだけ観光に連れて行ってくれました。

マリアン・ファビアンコーチ(右)と。コワモテだし実際厳しいですが、選手への愛にあふれた方です。 私にも優しかった!
試合前日、ディナー前に少し散策。 左から、ペトラ、レジーナ、私、ウルシカ、ルツィア。 この時はEJU合宿に参加した3人のほか、レジーナ(左から2番目)も一緒に出場しました。


そして試合当日。
私もサンカクのガールズも計量をパスし(柔道は当日の朝計量します)、試合に臨みました。

当時の私が最後に国際大会へ出場したのは、大学4年の時。
「福岡国際女子柔道選手権大会」で3位になりましたが、その後ケガをし約1年間をリハビリに費やしました。

この大会は、約1年半のブランクを経ての国際大会です。
私は初戦を突破し、2回戦はウルシカと対戦することになりました。
ウルシカはこの大会の出場者の中でも1,2を争う実力の持ち主でしたが、ケガと疲労のためか動きにキレがなく、私が判定勝ち。

私はその後準決勝で敗れてしまいましたが、3位決定戦で勝利し、なんとか3位に入賞しました。

大会の表彰式で。左から3番目が私です。 優勝したのはオランダの選手で、ヨーロッパ選手権入賞経験者。 一番右、長身の選手はオーストリアの選手で、この翌年に開催されたアテネ五輪銀メダリストです。なかなかの強豪が出場していたんですね……。


表彰式を終え観客席に行くと、ウルシカが迎えてくれました。
明らかに元気がない……。

ウルシカ:おめでとう、ホナミ。グッドファイトだったね

私:あなたはケガをしていたし、とても疲れていたから……。力が出せなかったよね


練習を共にし、文字通り同じ釜の飯を食った仲間と戦うこともあるのがスポーツです。でも、決して「敵」ではありません。

試合後、観客席でほかの階級の試合を観戦しながらいろいろな話をしたのは良い思い出です。

柔道のこと、家族のこと、これからのこと……。
手をケガしていたウルシカにテーピングの巻き方を伝授しつつ(同じ場所をケガしたことがあったんです)、おしゃべりに花を咲かせました。

どんな旅になるか想像もつかないまま飛び込んだ私の武者修行は、強豪国の選手と存分に練習し、国際試合に出場し、普通に柔道していたら話すこともなかったであろうスロベニアの選手と友情を育むという、充実したものになっていました。

しかし、ドイツで得たものは、国際試合の経験だけではありませんでした。

私は不覚にも(?)、恋に落ちてしまったのです……。

そちらについては、また来週水曜日にお話しさせてください!