ミモレ読者の皆さま、こんにちは!
元柔道家で現役建築系学生の吉澤穂波です。

小さいころからの夢であるオリンピック出場を叶えるべく、23歳の夏に単身ヨーロッパに渡り“武者修行”することにした私。

しかし、柔道着を背負い「たのもーう!」と、道場破りをしたわけではありません。
ちゃっかりツテはありました。

同級生の女子柔道選手を介して、中央ヨーロッパはスロベニアにある柔道チーム「サンカク柔道クラブ」(以下、サンカク)に滞在することになっていたのです。

こちらが「サンカク柔道クラブ」。元柔道家のマリアン・ファビアン氏が設立しコーチを務める、私設の柔道クラブです。

サンカクは、私設ながら多くの名選手を輩出した強豪チーム。外国からの柔道選手も受け入れていて、宿泊しながらスロベニアの選手と練習できます。

しかも当時は日本人の女性コーチが滞在しており、見知らぬ国に滞在する心細さも半減です。

 


7月某日、スロベニアへの直行便がないためオーストリアのグラーツ空港に降り立った私を、サンカクでコーチをする石原忍さん(現・千葉薬品女子柔道部監督)が迎えに来てくれました。

私:センパイ、よろしくお願いします!

石原コーチ:よく来たよく来た! 明日からフランスでEJUの合宿ね

なんと!

てっきりスロベニアで練習するのかと思ったら、いきなり明日からフランス!
しかもEJU(ヨーロッパ柔道連盟)主催の合宿!
毎年各国の強豪選手が集まって合同練習する、あの合宿ではありませんか。

私:EJU合宿ですか!?いろいろな国の選手と練習できるなんてうれしいです!

石原コーチ:じゃあ、明日の朝4時に出発ね。うちの女子選手3人が車で行くから。私はこっち(サンカク)の面倒を見るから行かないよ。ウルシカとペトラって子が交代で運転する。8時間くらいかかるかな


なんと!!(2回目)

いきなり翌朝4時に出発!
しかも、選手だけで車で移動し合宿に参加ですか……。
日本だったら、国のトップ選手がコーチなしで、しかも自らの運転で数時間もかけて合宿に参加することは、ほぼありません。

石原コーチ:あ、キャンプするみたいだから、よろしく。


なんとー!(3回目)
キャンプで合宿って何……? もう、意味がわからない。

いろいろなことに戸惑う私でしたが、強豪国の代表クラスが参加するEJUの合宿に参加できるなんて垂涎ものです。
その夜は、荒い鼻息を抑え眠りにつきました。

「サンカク」でコーチをしていた石原忍さん(左)と、サンカクの柔道場で。スロベニアに来るまで面識がなかったのですが、お会いしたその日から意気投合(と思っているのは私だけ?)。本当にお世話になりました。


翌朝、私は3人のキュートな女の子たち、-52㎏級のペトラ、-63㎏級のウルシカ、+78㎏級のルツィアとともに、フランスへ出発しました。
みんな20歳前後ですが、すでに世界選手権やヨーロッパ選手権で入賞経験がある選手です。

聞けば、途中で別の女性コーチと合流するとのこと。
ああよかった、コーチはいるのね。

当時通ったであろう経路を地図アプリで検索してみました。スロベニアのツェリエを出発し、イタリアを抜けてニースへ。どのルートを通ったかは全く覚えていません!(地図:Appleのマップ)


無事イタリアで女性コーチと合流し、スロベニア出発から約9時間後、フランスはニースにあるスポーツ施設付近に到着しました。

そこでまずしたことは……1週間の寝床となる、テント張り。合宿が開催されるそのスポーツ施設はビーチの近くにあり、そのビーチ付近にテントを張りました。

私たちサンカクの選手は合宿費節約のためテント泊し、自炊して合宿に参加するのです。

この通り、本当にキャンプです。 バカンスシーズンだったため、周りは楽しげな家族連れがたくさんキャンプしていました……。

もちろんテントを張って合宿に参加しているのは私たちだけ。他国の選手はそのスポーツ施設か、近くのホテルに宿泊しています。

私たちはというと、朝はスロベニアから持参したパンやパテをつまみ、午前中の練習に出発。昼はテントに帰ってきて何かを食べ、午後の練習までビーチで昼寝しました。

日本では考えられない合宿のしかたですが、その楽しかったこと!

練習の合間、ビーチで休憩するサンカクのガールズ。 左からルツィア、ペトラ、ウルシカです。
一番年下で、末っ子的存在だったルツィア(右)と私。 私とそれほど変わらない体格なのに、+78㎏級の選手です。

そして午後の練習後はスポーツ施設でシャワーを浴びてテントに帰り、ビーチ近くのレストランで夕食をとりました。

同じ-63㎏級のウルシカ(左)と。 この写真から9年後、彼女はすごい選手になるのです……!
夜のビーチで記念撮影。 みんな満面の笑みなので、きっと合宿最終日の夜です(合宿が終わったー!という解放感にあふれています)

国の代表クラスになれば、チケットや宿泊の手配はすべて柔道連盟が行ってくれる日本の柔道選手とは大きく違う環境にあるスロベニアの選手たち。こういうところから選手や人間としてのたくましさが育まれていくのかな、と感じました。

さてさて、肝心の練習はと言うと……
参加していたのはヨーロッパの国だけで、アジア人選手は私だけでした。

強い選手は、より強い選手と練習(立ち技の主な練習を「乱取り(らんどり)」と言います。ボクシングでいうスパーリングのような、実戦練習です)をしたがります。
国際大会で成績を残していない私はまったくの無名。当初は練習相手にさえ選んでもらえませんでした。

けれど、そんなことではめげない私です。
慣れないヨーロッパの柔道に四苦八苦しながらも、なんとか互角か、それ以上に練習できるようになりました。

心強かったのは、同じ階級であるウルシカのアドバイス。
「あの子は背負い投げが得意だけど、たまに内股もかけてくるよ」
「あの子はテクニックはない。でも危ない技を仕掛けてくるからケガをしないようにして」
など、こっそりと各国の選手への対応策を教えてくれました。

そして私は、合宿中盤には多くの選手から乱取りを申し込まれるように。「この選手、なかなか強いじゃないの」と思われた証拠です。

かくして、私は思う存分ヨーロッパの柔道に揉まれたのでした。

まだまだ私の武者修行は続きます。