ファッションの仕事をメインとしてきた私には「食」はそもそも私のフィールドでなかったのは確かで、どうしちゃったんだろう?と思われている方も多いかと思います(笑)。

でも、熊本での震災から頻繁に実家へ帰省するようになり、生まれ故郷の農家さんや素敵な料理家さんと出会い、そしてこのコロナ禍において自分の価値観も大きく変わってきました。

毎年夏楽しみにしていた菊池アグリツーリズム。しばらくは行けてないけど、みんなと一緒の再会をとても楽しみにしています!

「美味しい」「楽しい」は素敵。美食家が集まり、夜な夜な集う有名店は予約取れずで、いかに席を確保するかはプレスの手腕の一つとも言われた時代。美食家先輩方のおかげで培った舌と人脈は今の私の礎となっています。

でも、今私がお伝えしたいのはそういうことでなく、「食」の在り方や、私たち消費者がこれからの時代を迎えるにあたり一度立ちまり考える時間の必要性です。

故郷の熊本の農家さんやレストランをご紹介する一番の理由に、これから(いや、既に?)迎えるであろう食糧危機に、できるだけ地元の安全で新鮮な食材を使い、変わらない味を提供し続けていただきたい願いや、彼らの思いが一人でも多くの方に伝わればと思っています。

熊本に限ってでなく、ご自身の生まれ故郷や住んでる場所、その土地土地の魅力ある生産物など「食」へ興味を持つことが大切な時代。

国土の狭い日本ですが、計り知れない土地の恩恵と食文化が豊かな国。でも今や日本の「食」や「農業」の安全性の実態は世界レベルもボトムラインに近いことご存知でしょうか?

「コントルノ食堂」 交通機関も皆無な場所に、美味しい名店があり。こちらは宮川ファームで作られたジャージ牛のお肉。赤身でとヘルシー&噛みごたえのある肉感が美味しい。 ジャージ牛はそもそも乳牛で育てられてるため、雄の仔牛はこれまで廃棄されていました。宮川さんはその無駄を無くすためにも牛たちの環境を整えながら尽力されています。

「えっ?」と思う方多いかと思います。実は私もそうでした。

化学肥料や農薬散布によって害虫は見事に成敗され、手をかけずとも育ちますが、土に必要な菌や栄養分までもが失われ、それどころか発癌性の恐れや環境汚染の問題も。

私の小中学時代は田んぼのど真ん中に学校があり、夏になると農薬散布に教室が真っ白になり、気分悪くなることも。真夏なのに窓を閉め切って授業を余儀なくされたことを思い出します(現在は散布する時間帯など考慮されてるとのこと)。一般的に言われる「田舎=良い環境」なんて一概に言えないのが現実です。

そもそも消毒や無菌状態なことこそ、とても不自然なこと。生物は全て菌のサイクルから成り立ち、これは人間だって同じなんです。殺菌、消毒が当たり前の世の中で、ちょっとした不衛生な状況や病気にも弱く、アレルギーなども含め敏感な体になってきています。

加えて、最近よく耳にする「ゲノム編集(遺伝子組み換え)」のトマトが市場にお目見えし、話題にもなりました。これまで食品表示されていましたが、義務化がなくなりそうな気配。

となれば、「無農薬トマト」を謳ったトマトがゲノム編集されてる可能性だってあり得るという話ですよね。無農薬であることが事実だとしても、もしこれが現実になったら、なんだか腑に落ちない話し。個人的には謎な措置だと思います。

そういう「あれあれいつの間に政策」は案外多く、その要因の一つは私たちが政治に対しての無関心で放置してきたことにあり、これは国民の責任でもあります。

以前にもご紹介したドキュメンタリー映画「食の安全を守る人々にも書いた通り、日本の食は一番安全・安心と感じていたこと(というより、そう擦り込まされてきたと言った方が正しいのかも)は脆くも崩れました。

ドキュメンタリー映画「食の安全を守人々

加えて「農業は儲からない」という図式は、後継者不足に繋がり、古い体質が蔓延るお国の体制は、食糧危機の問題は解決策どころか止まるところないまま。

その中で、これまでご紹介してきたやまあい村の「走る豚」花の香酒造「産土」の活動や、無農薬や自然農法を支持する農家さん、レストラン、そして小売店は、今は少数派であっても私たちにとって期待と希望であることは間違いありません。

私のアイコンとなってるやまあい村の「走る豚」。ものすごく人懐っこくで可愛んです。公式HPはこちらから
「花の香酒造の取り組み。無農薬と江戸時代からこの土地に根付いた「穂増」の復活。そして環境保全への取り組みは気の遠くなるほどですが、あえて今行うことへのリスペクトは言うまでもありません。

正直なところ、意識はしても私自身も全てを自然農法の食材を使えるわけでもなく、この時代家計が苦しいのも確か。生理用ナプキンさえ買えない人もいるくらい格差も広がり、「安全で美味しい」は夢また夢の時代になりそうな気配でもあります。でもSDG'sを掲げる国が、これをスルーして本当に良いのかな?とも。

この時代にSDG’sの動きは必要なことだと思います。でもその根本を突き詰め、現状をよく理解するのも大切。SDG’sは新たな産業を生み出すことへのアクションではなく、自然の摂理を理解し、私たち人間本意の「持続可能な〜」ではなく地球にとって持続可能なアクションであり、本来の自然環境に近い状態に戻すことにあると思います。

表側の目論見で動くのではなく、現状への理解と何を優先し選択するか、これからのアクションが問われる時代です。

この大自然を見るたびに、私はここで育ってきた価値を見出すことができます。願わくば、まずは全国の学校給食を全て平等に、安全で美味しい料理を子供達に提供していただきたいくらい。