おはようございます。

母が晩年、人生で後悔していることが1つあると、ふと、もらしました。

それは、「おばあちゃんの最期の看病ができなかったこと」
おばあちゃんとは、母の母。私にとっての祖母のこと。

そう母が言ったのは、1回だけ。
つぶやく前の母は、ふっと力が抜けた、リラックスした状態だったように思います。

そして、その1回のつぶやきは、私の胸をぎゅーっとつかんで離しませんでした。

 


祖母の病気がみつかった

2001年、私が医学部5年生のときです。
母は肺がんがみつかり、抗がん剤治療をしている最中でした(まだ脳転移が見つかっていない時期。母の病気の詳しい経過は、こちら)。


75歳の祖母が、がんになりました。

母と同じように、咳があったため病院へ。
肺がんでした。

もうその時点で、ステージⅣ。胸にお水(胸水)もたまっており、母よりすすんでいる状態でした。

抗がん剤を何クールかしましたが、効果はなく、胸水を抜いたり、痛みをとったりする対症療法に移行していきました。
 

姉と私で決めたこと

肺がんと診断された祖母から連絡をうけた父は、姉と私に伝えてきました。

そして、そのとき、姉と私は、決めました。
母に、祖母ががんであることを隠そうと。

今まで家族のために、計画的に緻密に、全力でうごいてきた母。
以前、祖母が良性の脳腫瘍で手術をしたときに、献身的に看病する母を、私たちはみていました。

祖母のがんを知ったら、自分の体よりも、祖母の看病に全身全霊で取り組んでしまうだろう。それにより、無理をしたことで、病気が悪化してしまい、母が死に近づいてしまう、と思ってしまったから。
(医学生と研修医でも、病気が今後どのように進んでいくかは、未知でした。)

また、心配事をもたずに、ゆっくり治療に専念して欲しいと思ったから。


姉と私にとって、母は病人で、守るべき存在でした。
大好きな祖母も、もちろんそうだったのだけど、そのときは、あまりにも近くにいた母のほうを、大事にしすぎていました。

祖母の看病は主に、母の弟である叔父さん家族がやっていました。私は、母の介護の合間をぬって、父と姉と分担して、病院探しや医師との話し合い、お見舞いをしました。母に気づかれないように。


少し体調がよいときに祖母は、病を隠して、母に会いに来ました。
祖母もまた、母にがんを伝えるのを躊躇していました。それは、娘である母を思うがゆえだったと思います。

その後、徐々に病状が悪化した祖母は、ホスピスに転院し、しばらくしてから亡くなりました。病気がわかってから、半年後のことでした。

 


祖母の意識が、おぼろげになってきたとき、はじめて母に、祖母が肺がんであること、亡くなりそうなことを伝えました。そして、ホスピスへ母を、連れて行きました。
母は祖母と会いましたが、話すことは叶いませんでした。


母に伝えたとき、母は、今までなんとなく、何かを隠されている感じがしたのは、このことだったのかと合点がいった、と言いました。
でも、私たちを責める言葉は、ひとこともいいませんでした。

看病できなかったのが後悔だ、とつぶやいたのが1回だけなのも、私たちに責任を感じさせないようにする気持ちからだと思っています。
でも、母の心の中には、ずっと刻まれていた後悔と悲しさなのだと思います。


私の後悔は、ぐるぐるまわる

母に言うタイミングは、いつがよかったのだろうと今でも考えます。
きっと母は、祖母のためにうごいたし、心をくだいたでしょう。

結果的に、病気が分かってから、祖母は半年で亡くなり、母は10年生きました。
そう考えると、祖母のことを言うべきだったと思います。
でも、それは、未来がわかった今だから、確信をもっていえること。

もし必死になって母が祖母の看病をしたら、母の命はもう少し削られていたかもしれない。削られていないかもしれない。永遠にわからないこと。

 

でも、もしかしたら、母を病人の枠に閉じ込めて出さないようにしていたのは、私たちだったかもしれないと、思えてきます。

母は、自分の体と相談しながら、できないことは私たちに指示したりできたかもしれない。
娘として、できることは何か、考えられたかもしれない。

たらればなことがどんどん浮かんできて、私は沼に沈みます。どぼどぼどぼ。
ああ、最初に伝えていたらよかった。

母の後悔にしてしまった、私の中の後悔は、消えることはありません。


がんが分かった祖母が、抗がん剤の副作用でぐったりしている母の手を、何回もなでていた姿を、私は忘れることができません。
やさしい、愛にあふれた、祖母の顔も。

今ならもっと、うまく立ち回れたかもしれないのに。未熟だったな。
いや、今でもできないかもな。
思ってももう、仕方のないことが、ぐるぐる、私の周りをまわりつづけます。
ずっとまわりつづけています。

刺繍:HAHA


ではまた、月曜日に。