これまでの話
高梨紗季(36)は、大手総合商社の受付、バツイチ、勤続6年目。ある日、受付に前田このみという女性が「タカナシサキ」を訪ねてきた。後輩たちは、紗季を探しているのだろうと言うが確証はない。紗季は、社員であり、現在は駐在中の元夫のことを思い出していた。そして数日後、とある男性社員に脅迫があり、取次禁止とお達しが出る。乗り込んできたのは、若い女性で、不倫のもつれから報復のために消火剤と録音を会社でぶちまけるという惨事に。後始末に受付スタッフが駆り出されるなか、一人残った紗季の前に、前田このみが現れて!?
 

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「会社で響き渡る「禁断のプライベートな録音」...受付嬢がみた、捨て身の女の報復と大惨事」>>

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直接対決! そのとき元妻は……?

 

「あなたが、『高梨紗季』さんだったんですね」

前田このみは、受付カウンターの前で立ち止まると、まっすぐにこちらを見て言った。

「……社員じゃなくて、派遣じゃない。あの人ったら、嘘ばっかり。

単刀直入に言いますね。あなた、いいかげん籍抜いたらどうですか? 駐在先にも連れてってもらえない妻なんて、なんの意味があるっていうの? そこまで気持ちが離れてるのに離婚しないなんて、どういう了見?」

怒涛の物言いに、受付カウンターの内側にいる紗季は固まった。制服姿では浴びせられたことも、口にしたこともない言葉遣いと内容に、うまく反応することができない。

矢面に立ちたくないから「ここ」にいるのに。全てのしがらみから距離を置いて、微笑みながら取り次いでいればいい世界を選んだけれど、そううまくはいかないものだ。

このみは強い視線でこちらを見ている。彼女の膝がピーンと張りつめていて、緊張と決意が伝わってきた。唐突で強い言葉は、長い間、それが彼女の中で渦巻いていた証。

「……前田さま、まもなく受付は終業です。この先にブックカフェがあるので、そこで待っていていただけませんか。仕事が終われば時間はたっぷりありますから、お話をうかがいます」