これまでの話
高梨紗季(36)は、大手総合商社の受付、バツイチ、勤続6年目。ある日、受付に前田このみという女性が来て、「タカナシサキ」という女性がこの会社にいるかどうか知りたいという。彼女は不機嫌に去り、後輩たちは、紗季を探しているのだろうと言うが確証はない。紗季は、社員であり、現在は駐在中の元夫のことを思い出していた。そして数日後、とある男性社員に脅迫があり、来客取次禁止とお達しが出る。紗季がベテランの勘で、あやしい来客履歴を発見、報告したとき、警報が鳴り響き……?
 

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「性別・人相不明の「怖い来客予告」。プロ商社受付嬢だけが気づいた奇妙なサインとは?」>>

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社屋に鳴り響く、緊急事態を知らせるベル

 

「な、何? このベル……火災報知器? だよね?」

紗季と美加、玲子は顔を見合わせる。けたたましく響いた警報と同時に、警備員のインカムには情報が入ったようで、1人を残して上階に駆け上がっていく。

――やっぱり、コーヒーショップ宛てと書いたタナカヨウコさんが、社内に潜んでいたの……!?

紗季たちは、持ち場を離れるわけにもいかず、受付の席に座りなおした。人事部に内線をして、指示を仰がねばならない。場合によっては受付スタッフを控室や外に退去させる必要がある。社員に対してはイントラネットで緊急速報が出るが、紗季たちのような一時雇用のスタッフにはそれがなかった。

「お疲れ様です、正面受付から高梨です。先ほど警報がありましたが、受付スタッフはこのまま着座いたしますか? もし危険があるようでしたら、お客様もほとんどいない時間帯ですので、他のスタッフを15分早く帰すことも可能です」

できる限り声のトーンを落として人事部課長に尋ねると、返ってきたのは思いもよらない返答だった。

「高梨さんを残して、ほかの5人のスタッフは21階に向かってくれないか?」