貧しい人は変わらなくていい、富める者が変わるべきという世界観を描きたかった
——最新作『オール・ノット』の主人公の真央は苦学生で、奨学金の返済が人生の主軸になっているのが印象的です。こんなに奨学金について事細かに書いた小説も珍しいと思うのですが、経済的に貧しい主人公を描かれた理由はなんでしょうか?
柚木麻子さん(以下柚木):改めて自分はどんな作家になりたいのかなと思ったときに、自分の好きな作品である『アルプスの少女ハイジ』『赤毛のアン』や『小公女セイラ』を思い出してみると、「貧しい者は変わらなくていい」というのがベースにあるんです。例えばハイジってなんであんなに元気でのびのびしてるのかなって思った時に、クララの主治医から金銭的バックアップを受けているんですよ。だからハイジは万が一おじいちゃんが死んでも自分は金銭的に不自由しないと思ってるからあんなに明るいんですよ。
私が好きだった作品にはどれも、貧しい女の子は、そのまま個性的に生きていけばいい、富めるものこそが変わらないといけないというノブレスオブリージュ(富める者は身分に応じて社会的責任を果たすべきという考え)がベースにある。そういう世界観では、女の人が女の人を救おうとするときに、「そんなことしてどうするんだ」「助けても完璧な救いにならなかったらどうするんだ」って茶々が入らないんです。
でも現代だったら、人を助けようとすることに対して「あなたのエゴなんじゃないか」みたいなバッシングもあるんじゃないかと。だから現代でそんな救いが可能なのか書いてみたかったんです。
奨学金を借りながら大学に通う真央は、実家が貧しく、PCが買えず、一人暮らしの資金もないためシェアハウス生活を送っていた。アルバイトで資金を貯め、一人暮らしは叶うも、友達もおらず、バイト先と大学を往復するだけの生活を送っている。
将来奨学金を返済することだけを考え、そこから逆算して学部や将来就く職業も決めた。
そんな真央はある日バイト先で、嘘つきだがその人が売り場に立つとたちまち商品が飛ぶように売れる、不思議な試食販売員のおばさんに出会う。
山戸四葉というその人は、実は名家の出身で……。
真央は山戸家の周辺の様々な女性に出会い、山戸家にかつておきたある事件の真相を知ることになる。
——主人公を描くに当たって、奨学金制度についてもたくさん取材されたと聞きましたが、実際に調べてみてどのように感じましたか?
柚木:母校の立教大学の奨学金担当の職員の方にも取材したのですが、担当の人も把握するのが大変なくらい、毎年状況が変わっているんです。コロナ禍でも奨学金受給者の状況が変わっていて。まるで5か月単位でルールが変わっているような状況のようです。当事者の方にも取材しましたが、1年後輩の人とも状況が違う、と言っていましたね。
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