意識的に「ヘソ曲がり」になってみる
日常生活のパターン化の見直しとともに、もうひとつ大切なことがあります。それは意識的に「ヘソ曲がり」になることです。もともとヒネくれた人はそれでいいとして、素直な人もあえてヘソ曲がりになって、ものごとを考えてみる。じつはそうすることが前頭葉を活性化させてくれます。
他人と同じ思考をして、世間と同じ見方でものごとを捉え、メディアが伝えることに疑問をはさむことなく受け入れる。そうしているかぎり、私たちの前頭葉は活動を停止してしまいます。しかし、それは違うんじゃないか、おれはそう考えないよと思っているとき、前頭葉は活発に働いています。
意識的にヘソ曲がりになるポイントは「逆張り」を心がけることです。つねに世間や周囲とは逆の見方をする。みんなが右に注目しているときは左に目を向けてみる。これはけっして奇をてらったポーズではなく、逆張りをすることで、それまで気づかなかったものが見えてきます。
たとえば何か大きな事件や事故が起きると、世間は被害者への同情ばかりをふくらませ、加害者を冷静に見ようとしません。先年、東京・池袋で高齢ドライバーの運転するクルマが暴走し、通行人の親子が亡くなるという痛ましい出来事がありましたが、こういう事故があると、高齢ドライバーはすみやかに運転免許を返納すべしという声があがります。
しかし、実際に高齢者が事故を起こす割合は、他の世代とくらべて特段高くありません。では、なぜあのような事故が起きるかというと、可能性としてまず考えられるのはクスリによる意識障害です。血圧を下げる降圧剤や血糖降下薬、精神安定剤、風邪薬などは意識障害を起こす危険性があります。
高齢者の場合、こうしたクスリを常用していて運転中に意識障害をおこす可能性があるということです。すると、危険なのは高齢者がハンドルを握ることよりも、多くのクスリを常用することではないのか。というように逆張りをすることによって、高齢者をクスリ浸けにしている日本社会の断面が見えてくるわけです。
ネットは、前頭葉活性化の便利ツール
高齢ドライバーの事故は、ほかの年代とくらべて多くないと述べましたが、その根拠となるデータはこういうものです。警察庁の統計によると、2021年における原付以上運転者の年齢層別交通事故件数(免許保有者10万人当たり)は、高齢者では85歳以上がもっとも多く524人。次いで多いのが80〜84歳の429人です。これらの数字は、全年齢層中もっとも交通事故が多い16〜19歳(1043人)や20〜24歳(605人)よりも、かなり少ないことがわかります。さらに70代については、50代、60代とほぼ変わりません。
これが客観データであるにもかかわらず、高齢ドライバーは事故をよく起こすという認識を多くの人がもっているのは、マスコミ報道によるところが大きいといえます。これまで多くの高齢者を診てきた精神科医としてつけ加えておくと、認知症が原因でアクセルとブレーキを踏み誤ることは、まず考えられません。そのレベルの認知症ならエンジンをかけることはできません。原因として考えられるのは、やはりクスリによる意識障害です。
こうした高齢ドライバーをめぐる誤解は、ほんの一例にすぎず、世の中にはこれに類することがおそらく無数にあるはずです。逆張りは、日本人にありがちな「右へならえ」の風潮に流されない杭の役目を生み出しますが、そのためには自分で逆張りの根拠を調べる手間を惜しまないことです。
幸いにしてネット社会は調べることを容易にしてくれました。いわばネットは逆張りの大きな味方であり、その点において前頭葉活性化にもひと役買っています。
和田秀樹(わだ ひでき)さん
ルネクリニック東京院院長。1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、東京大学附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授などを経て現職。1987年に『受験は要領』がベストセラーになって以来、受験勉強のオーソリティとして活躍。その後、心理学を活かした能力開発や老年精神医学をベースにした老化予防に取り組んでいる。主著『大人のための勉強法』(PHP研究所)、『80歳の壁』(幻冬舎)。
『50歳からわけあって若返りました』
著者:和田秀樹 講談社 1430円(税込)
いつまでも若々しく魅力あふれる人は、意欲や創造力など、感情を司る「前頭葉」の働きが活発。しかし、残念なことに日本では圧倒的に前頭葉を使っていない人が多い──その事実をベースに、内側から若返るのに必要な47の「幸せになる刺激」をわかりやすく紹介します。精神論だけでなく医療や食事など多角的に言及しているのが魅力で、「若さ」にまつわる意外な事実を知ることができるでしょう。
構成/さくま健太
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