女性を身動きできなくする足枷に、はたと気づいた私たち
それを聞いて、思い出しましたよ。先般、埼玉県議会が大批判を受けて引っ込めたいわゆる「留守番禁止条例」案を。子供を虐待から守るためと謳って、小学校3年生以下の子どもだけで留守番させたり、公園で遊ばせたりするのを禁じ、目撃したら通報するようにと呼びかける驚きの内容でした。批判を受けて議会は条例案を引っ込めたものの「内容は問題なかった」と主張。親を子供のそばに貼り付けておけば虐待が起きないはずだというあまりにも的外れな発想。この条例案で想定されている「子供につきっきりで世話をする親」が父親でないことは想像がつきます。働きながら子育てをする人の生活実態がまるでわかっておらず、単に母親を家庭に縛り付けるだけで虐待の防止策にはなっていない、実に理不尽な条例案でした。だから大批判されたわけですが……。この事例からも見て取れるのは、女性を無償労働要員として家庭の中に閉じ込めておこうとする人が、まだ日本の意志決定層には少なからずいるということです。
女性を身動きできなくする足枷は、他にもあります。今年のノーベル経済学賞を受賞した米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授は、男女間の賃金格差がなぜ生じるのかを明らかにしました。彼女は日本について、単に働く女性を増やすだけではなく、男女格差の解消に努める必要があると指摘。日本はここ20年ほどで、政府の女性活躍の旗振りで働く女性を大幅に増やしたものの、そのほとんどが低賃金の非正規労働者です。女性は男性よりも安い賃金で働かされ、コロナ禍では真っ先に切り捨てられ、長く働いても責任ある仕事を任されることなく、単に使い勝手のいい切り捨て自在な労働力として「活躍」させられています。
共働き世帯でも、女性は男性の5・5倍もの時間を家事育児に費やしています。凄まじい負担量ではないですか。男女の賃金格差に加えて、「仕事は公、家庭は私ごと」「有償労働は無償労働よりも尊い」という価値観、そして「家事と育児には生まれつき女性の方が断然向いている」という母性神話とママ依存のメンタリティが、2023年現在も世界に冠たる男尊女卑社会を現役たらしめています。もうね、私もこんなこと何度も書くの飽き飽きしているんですけど、書いても書いても新たな事件やらデータが出てくるのでまた書くわけです。
賃金や雇用の男女格差が大きく、母親に家事と育児を全て背負わせる社会では、当然ながら女性は弱い立場に置かれます。子供を抱えて離婚すると、女性のひとり親は男性のひとり親の約半分の200万円ほどで生活せざるを得ません。ひとり親世帯のおよそ半数もが、相対的貧困状態にあります。ごく平均的な生活を送っていた女性が離婚してシングルマザーになった途端に、食べるのに困ることも全く珍しくないのです。コロナ禍でも、まさか自分がと思いながら食糧支援の列に並んだ女性がたくさんいたはずです。どんなに心細く、辛いことか。
これまでも、夫と別れたくても経済的な自立が叶わず、我慢して養ってもらう他なかった女性が大勢いました。母親から「経済力をつけなさい。自分は離婚したくてもできなかった」などと聞かされた女性もいるでしょう。同時に「でも、ママみたいにちゃんと主婦業もやりなさい」と両立不可能な無理難題を言われたものだから、それを真に受けた団塊ジュニア世代の娘たちはめちゃくちゃ生きづらかったわけですね。そんな娘たちがママの呪縛を解く過程で、いわゆる毒母殺しの語りがブームになりました。しかし痛みを分析すればするほど、母も娘も男性優位社会で抑圧されてしんどいことに変わりはないことが判明したという悲話。幸せになるために、変えなくちゃいけないのは母親の心根でも自分の弱さでもなくて、ガッチガチの男社会だったというわけです。それを知った女性たちは、息子を育てながらはたと気が付きました。「やばい、このままだと息子が生贄にされてしまう!」と。
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