何かがしたい気持ちに駆られた


「この役を演じるしかないと思った」。戸田彬弘監督から送られてきた脚本を読んだ第一印象を、そう語った杉咲さん。そこには2つの思いがあったといいます。ひとつは、人間・杉咲花、個人としての思いです。

杉咲花さん(以下、杉咲):あらがえない境遇で生きてきた市子という人物のことが、ものすごく気になったんです。私は恥ずかしながら、法の落とし穴によって当たり前の権利を持てずに暮らしを強いられる方がいることを、本作との出会いによって初めて知りました。それは多分、自分がたまたま「知らなくても生きていける環境」にあったから。そういった無意識の特権性についても考えさせられ、何かがしたい気持ちに駆られました。

 

市子は夫のDVに苦しむ母親が、離婚後に出産した子供です。日本の法律では離婚後300日以内に産まれた子供は、遺伝子と関係なく前の夫の子供とされてしまいます。母親は夫に居所が知られてしまうのを恐れ、市子の出生届を出さなかったのです。市子は保険証も運転免許書も持てず、銀行口座や携帯電話も作れず、進学や就職、結婚や出産も困難を極めます。杉咲さんはそんな苦境にある市子を演じるため、「無戸籍」の方に関する本なども読んだそうです。

 

杉咲:本当に色々な方がいて一概には言えないのですが、すごく印象に残っているのは、ある人の養子として戸籍を手に入れることができた人が、「自分を受け入れてくれた方と、社会的に家族になれたことが嬉しかった」と言っていたことです。たとえ個人間で関係性に変化が生まれたとしても、自分たちの関係が社会的に証明されないことで自分が自分を差別してしまう、といったことが書かれていて。社会の問題であるはずのことが、個人の問題として片付けられてきた背景についても考えさせられました。これは撮影が終わったからといって区切りをつけられるものでもないなと。