いわくつきマンションの「不穏な過去」


「うわ~……。これ、人、住んでるんですか?」

僕はマンションの下で車を降りると、思わずおじさんに尋ねた。

そのマンションは、奇妙にまるっこい、まるで円筒のような形をしていた。灰色のコンクリートが退色し、1階と2階が駐車場になっているせいで、廃墟のような雰囲気だった。

見上げると、夕方だというのに窓のほとんどに灯りがともっていない。たまに蛍光灯の青白い光が、薄く古いカーテンごしに漏れていた。

何がどう、とは言えないけれど、いままで見たなかでもっとも陰気なマンションだ。時間帯と先入観のせいかもしれないが。人の出入りも皆無だった。

 

「ここはね、大昔病院だったんだけど、何人も屋上から身投げしてしまってね。紆余曲折あって病室を改築してマンションになったんだけど、幽霊が出るって噂になったのさ。有名な霊能者がテレビ連れて霊視に来たこともある。

積み立て金なんかもマイナスだから、ますます荒れちゃって、今では家賃2万円台の部屋もあるんだけど、地元のもんは寄り付かないの。よそからきたワケアリの人と、出稼ぎさんなんかには人気だよ~」

「いやいや、おじさん、もはやマンションじゃなくて心霊スポット!」

僕はつっこみつつ、促されてしぶしぶ玄関に入った。中はがらんとしていて、きっと病院の頃はロビーだったんだろう、無駄に広々しているけれど、照明が足りな過ぎてもはやホラー映画のオープニングの様相だった。

「でもね、おにいさんの希望の鉄筋だし、杭もしっかりしてるよ。駐車場は屋根付きで無料だし、洗濯室ってのがあって、コイン式の洗濯機と乾燥機が1台ずつおいてあるんだ。北海道の冬は、ガス乾燥機、あると便利だよ。人も少なくてさ、静かで快適さ。買うのは勧めないけど、2年住むには悪くないよ」

「まあ、たしかに……」

激務の独り身としては、洗濯はけっこう面倒なことのひとつだ。洗濯機を回して干して取り込むというのがまともな時間にできず、1週間まとめて、なんてこともあるくらいだ。

おじさんはすたすたとロビーを横切るとエレベーターを呼び、4階を押した。得も言われぬ不気味な音を立てて、エレベーターが停まる。

おじさんが鍵で開けてくれた部屋は4階の一番端で、中に入ってみると、そう悪くない内装だった。ただ、床がタイルで、無機質で冷たい感じがする。掃除はしやすそうだった。

「このマンション、イオンに近いのがいいよ。よかったらちょっと近所を見ておいでよ。ちょうど私も預かり物件の水道管、見てこなきゃならんでね。30分後に待ち合わせようじゃないか」

たしかに、今日すでに見た5軒は僕のなかでは絶対にナシだった。騒音が気になったし、冬場の運転に慣れていない僕にとって、周りになにもなさすぎる。

ここはどう考えても破格だし、ショッピングモールが近所にあるなら、歩いて行って暇つぶしもできるだろう。ここが気に入ることができれば、悪くないかも……。まさか本当にお化けがでるはずがないし。

僕は1人でマンションの周辺や設備をチェックしてみることにした。