平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 


第49話 北国にて山菜採り

 

「山菜採りって……そんなもののために本気でこんな密林みたいなとこに入るの?」

車の助手席から降りた私は、思わず傍らの彼の顔を見上げた。

「映美ちゃんてば、大げさだよ。行者ニンニク、美味しいよ、オレ毎年たくさんここで採るの。ここはね、自衛隊の友達にきいた穴場なんだ。北海道の人間だって、なかなか知らないとこさ」

そう言って笑う洋司の歯は、ホワイトニングなんかしていないだろうに真っ白。さすが27歳。9歳も年上の私は、東京で3カ月に1回は歯科に通っているが、彼のピュアな白さにはかなわない。

「山菜採り、っていうから、もっとハイキングみたいなのを想像してたのよ。これ、もはやトレッキングっていうか……。ねえ、まさか熊とか出たりしないよね!?」

私は今朝ホテルで頼んできたかわいいバスケット入りのローストビーフサンドイッチを見た。迷ったけれど、諦めてバスケットから中身を出して、リュックに放り込む。

洋司はいつの間にか防水のジャージを着こんでいて、足元は長靴みたいないかついブーツに履き替えている。せっかくのデートだからと少しでもスタイルが良く見えるように厚底気味のスニーカーを履いてきたのは大失敗の予感がする。

「熊? もちろん出るにきまってるよ。映美ちゃん、さすが東京のひとだねえ。先月もニュースになっただろ。今年は特にまずいんだよ」

「え!? いやよ、私、山菜のために熊に襲われるなんて!」

洋司は心配無用、というふうに親指を立てる。リュックにひっかけてある握りこぶしほどもある鈴を、ぴょんとジャンプして、じゃらん、と鳴らした。

「道産子を舐めてもらっちゃ困るね。いろいろ秘策があるんだよ。映美ちゃんは心配しないで、オレについてきて。それにさ、ロマンチックだよ、この森の向こうはふたりっきり。他には誰もいない大自然。……いろいろ楽しめるよ」