パーソナルな対話のために、ひとりぼっちで訪ねることを優先

——編集チームを引き連れず、内田さんが単独で取材された回が多いんですよね。

内田:そうですね。やっぱり大勢で押し掛けるとお相手も身構えてしまいますし、ひとりぼっちで訪ねたほうがお互いに心を開けると思ったんです。だから編集チームは不安だったかもしれませんが、私の強い希望で1対1でじっくり対話できるような環境を優先しました。

——対談パートの最初のゲストは詩人の谷川俊太郎さんです。対話の随所で内田さんと谷川さんの死生観や家族観を覗くことができて、それに紐づく詩も収録された特別なエッセイに仕上がっています。新たな旅路の一歩目で谷川さんに会いたかった理由を教えてください。

内田也哉子「目の前で起きた“死”に向き合いすぎていた」両親を亡くした喪失感がもたらしたもの〈前編〉_img0
 

内田:心の喉が乾いているときに、自分の内面と向き合って言葉を摘み取り、紡いでいく……。そんな旅路に踏み出したばかりの私にとって、谷川さんのような詩を書く人はもっとも欲していた存在です。二十歳ぐらいの頃から谷川さんには数年おきにお会いする機会があって、その度にいろんなことを気づかされる、私にとっての“言葉の神様”。清々しいぐらい荒野に一人で立っておられるんです。すごく個人主義で、ベタベタしないんだけど、冷たいわけじゃない。人との距離感が絶妙なんですよね。そして、果てしない宇宙とか、果てしない年月とか、いつも壮大なスケールの世界を心に持っている。当時、目の前で起きた“死”に向き合いすぎているタイミングで谷川さんと対話できたことは、本当に奇跡的でした。

 


——谷川さんとの対話で、特に内田さんの胸に響いた言葉とは?

内田:谷川さんは「死が楽しみだ」とおっしゃっていたのですが、なかなかそういう捉え方はできないですよね……。私は年齢的に人生の折り返し地点に立って、どれだけ余生が残っているか分からないけれども、ちゃんと始末をつけていかなければならないと感じています。母も、割と若い頃から自分がこの世を去るときに周りの人が困らないように準備をしていたし、自分の生き方を見つめ直して不要なものをどんどん削ぎ落としていました。谷川さんの場合は、まだ経験したことがない死というものに対する純粋な好奇心でワクワクしているように見えて(笑)。ある意味、ポジティブ。未知だからこそ、怖がるのではなくて前向きに見つめてみる。そんな谷川さんを見ていたら、「もう両親に会えない」と、死のネガティブな側面に固執していた心が軽くなったんです。生と死の捉え方は十人十色ですが、でも根底ではつながっているような安心感を抱くことができました。

——強弱や濃淡に差はあっても、誰しも少なからず肉親の死や別れへの不安を抱えているものですよね。内田さんがゲストとの対話を通して獲得した気づきには、多くの人が共感したり勇気づけられるのではないかと思います。

内田:映画監督の是枝裕和さんも、誰にでも伝わる普遍的な物語を語るためには、小さな個人的な話をするべきだとおっしゃっていました。この本もパーソナルな話がほとんどですが、読んでくださった方に少しでも魂が共感できる部分があったらとても嬉しいです。
 


インタビュー後編
内田也哉子「群れたい、甘えたいという感情と今も葛藤しています」家族の変化がくれた「ひとりぼっち」というギフト〈後編〉>>
 

 

 

内田也哉子「目の前で起きた“死”に向き合いすぎていた」両親を亡くした喪失感がもたらしたもの〈前編〉_img3
 

<新刊紹介>
『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』

著・ 内田也哉子
¥1780(税込)
文藝春秋

母・樹木希林と父・内田裕也を たてつづけに喪った。 虚しさ、混乱、放心状態、ブラックホール……。 「人生の核心的登場人物を失い空っぽになった私は 人と出会いたい、と切望した」。谷川俊太郎、小泉今日子、中野信子、養老孟司、鏡リュウジ、坂本龍一、桐島かれん、石内 都、ヤマザキマリ、是枝裕和、窪島誠一郎、伊藤比呂美、横尾忠則、マツコ・デラックス、シャルロット・ゲンズブール。独りで歩き出す背中をそっと押す、15人との〈一対一の対話〉を収録。

撮影/田上浩一
取材・文/浅原聡
構成/坂口彩
 

内田也哉子「目の前で起きた“死”に向き合いすぎていた」両親を亡くした喪失感がもたらしたもの〈前編〉_img4