出ず入らずが大切だから、そういう人間になれーー。
かれこれ10年近く前のことです。当時の私は自分のキャリアを頼りに起業、なぜか根拠不明な自信だけはあるというコナマイキなアラサー女子(古っ・笑)でした。周りの方に恵まれ仕事も自分のペースで怖いものなしというそんな時に、ひょんなことからある伝統芸能のお稽古を始めることになりました。まったく知らない世界がこの世の中にあるんだ!という新鮮な気持ちと好奇心によって、ぐいぐい引き込まれていきました。
三味線を抱え師匠のもとに通い、少しづつ上達してゆくことが何より一番嬉しくて。そうしてお稽古をしているうちにやがて社中のお手伝いもさせていただけるようになりました。高齢の方が多い業界で、おばあさまがたがあちらこちらにいらっしゃって、立つ座るの動作が苦しそうだったり、手元が危なかったり…見ているだけでハラハラしてしまい、つい「私がやりますね」と先回りしてお手伝いをしていました。
そんな私を見ていた師匠が言ってくださったのが、この一言だったのです。

”何も見ず気配だけ感じていなさい。いよいよ危ないなと思ったら、そっと手を貸してあげなさい。あとは何もなかったかのように元に戻り控えていなさい。それが出ず入らず。一番大事で一番必要なことだ。” 師匠はこう教えてくださいました。
何事にも「私がやります!」と積極的に取り組み、それが良いことだと信じてきた私にとって、この言葉は衝撃的でした。私のやり方が間違っていたのかもしれないと自信喪失にすら陥りました。
あれから時が経ち、今、いろいろな場面でこの言葉を思い出すようになっています。そして”出ず入らず”を意識すると自然と所作が穏やかに美しくなることにも気づきました。あのときの師匠の教えに、心から感謝をしています。
目立たぬよう、静かに。それでも存在感はあり、いざという時は任せられる…。そんな人間になれるように精進の毎日です。
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