「夫が子作りを始めたいと言い出したのは、私がまもなく42歳になる頃でした。考える間もなく『今さら無理です』と即答しましたし、冷静になればなるほど、どうしても無理でした」
ようやく様々なことが落ち着き、時間に少し余裕が出てきた。けれど、体力の減少を感じたり、シワや白髪が気になり始めたりと、40代と言えば年齢の重みも感じやすい頃。そこからまた妊活をし、妊婦になり出産、乳児の子育て……再びそれを1度でも繰り返すなんて、楓さんは全く考えられませんでした。
「最初は単なる思いつきで言ってるだけかと思いました。夫は以前からそういう節があって、趣味でも仕事でも『これだ!』と思いつくと突っ走るんです。でもさすがに、40歳を過ぎた私にまた2、3人子どもを産ませようなんてありえない。無理だと気づくはずと、しばらく放置していました。
でも、子育ても家事も外注すればいいだとか、職権濫用で私の血液を勝手に調べて卵巣の状態をチェックしたりだとか、私の親にまで連絡されたり……。夫は私のことなどお構いなしに、彼の言う『信念』のままに暴走を始めました。このままでは圧に負けて本当に妊娠してしまうかもしれないと思い、娘と2人で一時的に家を出たりもしました」
楓さんの口調から、たしかに夫の忠志さんは昔ながらの一本気な性格で、こうと決めたら何が何でも実現するような情熱をお持ちなのかもしれません。それが病院を大きくし、多くの不妊に悩む人たちを救い、また家庭を裕福にしたのは事実だと思います。ですが、その強い意思が家族が困る方向に暴走してはひとたまりもありません。
「しばらく言い合いを繰り返していると、夫は『じゃあ他で作るからな』と言い、私はどうぞどうぞ、と答えました。まさに売り言葉に買い言葉で、冗談みたいな話です。これまで仕事しか頭になかった夫、しかも50歳を過ぎた田舎のおじさんに、そんなことができるわけがないと思っていましたから」
その後、夫婦の対立は落ち着き、しばらくの間は平穏が戻りました。忠志さんは相変わらず多忙な日々を過ごし、楓さんも看護師として週に数回病院に通い始めたそうです。
「夫に極めて変わった様子はありませんでしたが、ただ、会食やゴルフなどが増えたなとは思っていました。もともとは人と関わるのはさほど好きでもないので。でも、以前よりも多少病院の経営が落ち着いたタイミングで、そういう楽しみを見つけたなら良いことだと思っていたんです」
長年二人三脚で病院と家庭をしっかり築いてきたご夫婦。特に楓さんは、夫を深く理解し尊敬している姿勢が伺えます。これまで真剣に生殖医療に取り組み、少子化を止めるという信念のもと、まさに人生を捧げてきた夫。そんな夫に絶対的信頼と尊敬があったからこそ、妻は夫の素行を疑ったりしたことはありませんでした。
その頃、夫の外出や泊まりでゴルフに出かけることが増えたことに対しても、疑いや不安など、マイナスな感情を抱くことは一切なかったのだそうです。
しかし、その日は突然訪れてしまったのです。
「ある朝、2人で朝ごはんを食べているときに、夫が何気ない調子で突然言ったんです。『あ、僕の子、男の子がもうすぐ1人生まれるから』と。本当に、世間話をするような感じで、しれっと、一切悪びれる様子もなく……」
来週公開の後編では、さらに暴走が加速し、もう1人子どもができたと報告された時の衝撃とその母親たちの状況、そして楓さんの心境についても詳しく伺っていきます。
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