楾 自民党は複数の改憲案を出しています。実際に自民党の改憲案のように改憲されるかどうかというより、政治に対する党の考え方などが改憲案に表れているので、自民党を支持する人もそうでない人も、読んでみていただきたいです。

特に2012年の改憲案は、それは憲法なのか? というレベルで話になりません。「檻の中のライオン」ではなくなって、ライオンが私たちを檻に入れているかのようです。ライオンと私たちがひっくり返っている。憲法の第一歩目から根本的にわかっていない人が作ったように見えます。この改憲案を見て「明治憲法に戻るのか」と批判する人もいますが、その批判は手ぬるい。明治憲法は、一応「檻の中のライオン」、つまり権力を縛る法でした。ただ、ライオンが作る檻(欽定憲法)だったので、ライオンに都合のよい、外に出られるような形ばかりの檻になっていました。

渥美 憲法の第一歩、根本というのは?

楾 「天賦人権説」。自民党改憲草案は、これをやめると明言しています。
 


※天賦人権説人間は生まれながらにして自由・平等であり、幸福を追求する権利があるという思想。ルソーやミルをはじめとするフランスやイギリスの啓蒙思想家あるいは自然法学者らによって主張された。明治維新後、日本に紹介され、明治前期の自由民権運動の理論的支柱となった。
引用元:デジタル大辞泉「天賦人権論」より

 
 


楾 「人権とは何か」という出発点がそもそも全然違うんです。まず、私たちは生まれながらにして人権を持っていて、それを守るために国がある、という順序でなければなりません。それが逆になって、まず国があって、国が人権を与えると考えているのではないかと。

渥美 でも、天が与えても、国が与えても、どっちも人権なんだし、どっちでもいいんじゃないの? なんて思う人もいるような。

楾 国が与えるものだったら、国の都合、つまり時の政権の都合で奪われてしまうかもしれません。たとえば、時の政権が、政権批判をする人の表現の自由を奪ってしまうとか。実際、自民党改憲草案は、「公益及び公の秩序」を害する場合は人権を制約できるという内容です。まず私たちがいて、その後に国がある。この順序は絶対にひっくりかえっちゃいけないんです。

渥美 なるほど。やはり、檻の中のライオンが「檻を変えたい」と言い出すこと自体がおかしいですよね。

楾 そうですね。檻の変え方をライオン任せにしていたら、ライオンに都合の良い檻になってしまうかもしれません。ただ、ライオンが私たちのためになるような檻にしようとすることもあるんですよ。自民党改憲草案にも、そういう箇所があります。臨時国会の召集について定めた53条。
 


53条内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
 


楾 この現行53条には「何日以内に」というような期限が明記されていません。それをいいことに、野党が臨時国会を開けと要求しても、政権側はのらりくらりといつまでも国会を開かない、ということが何度も起きています。国会をさぼっているんですよ。国会で野党から追及されるのがイヤなんでしょうね。でも、2012年の自民党改憲案の53条には「20日以内に」と期限が入っているんです。

渥美 国会を開こうとしない自民党が自ら、国会を開く期限を憲法に書こうと言っているのですか?

楾 この改憲案を出した時、自民党は野党だったんです。つまり民主党政権に「20日以内に開け!」というつもりで書いたんでしょうね。実は2022年の秋の臨時国会で、野党は「20日以内」という文言を入れた国会法の改正案を出しましたが、自民党の反対に遭い、成立しませんでした。自民党が反対するのもおかしな話ですよね、自分のところの改憲案に入ってたんだから。

渥美 立場が変わると言うことが変わっちゃうわけですね。