憲法教育は「暗記」と「穴埋め」ばかり……


楾 憲法って学校で教わりましたか?

渥美 私、実は全然覚えていないです。ほんとにそんなんやったかな? っていうくらい。

楾 多くの人がそういう感じでしょうね。学校で、きちんと教えていないと思います。教わる側が授業をサボっていたわけではなく、教える先生の問題でもなく、教育の仕組みを政治が作ってこなかったという問題です。親も、教わったことがないから子どもに教えられない。学校でも家庭でも何も教わらないまま、なんとなく選挙権だけ手にするシステムではないでしょうか。

立原 私は自分が中学受験をしたとき、前文や9条などを丸暗記させられました。「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて……」って。でもさっぱり意味はわかっておらず、ただ呪文のように唱えて覚えただけでした。娘が小学生のときに通っていた塾でも似たような感じで、大事な条文を暗記させられたり、穴埋め問題を解いたりしていました。

渥美 暗記と穴埋めって、テストが終わった途端に記憶の彼方に消えていくんですよね……。

楾 憲法の条文って、一言一句暗記しなくていいんですよ。暗記しなくても、条文はネットでも見られるのですから、見ればいいだけです。司法試験の論文式試験は、試験中に条文を見ていいことになっています。大学の試験は先生によりますが、やはり条文を見てよいことが多いと思います。つまり、専門的に法を学ぶ人は、条文を一言一句暗記なんてしていないのです。もちろん、だいたいどこに何が書いてあるかは把握していないといけませんが。

条文を暗記させる教え方でよいのなら、憲法を全然わかっていない人でも教員が務まりますよね。穴埋めテストをやればよいのですから。憲法をよくわかっていないからこそ、暗記しましょう、という教え方になってしまうのだと思います。

そう、憲法をよくわかっていなくても、先生になれると思います。私は、各地の教員採用試験の社会科の過去問を調べています。憲法の問題が出ていますが、やはり細かな暗記や穴埋め問題が多いんですよ。力ずくで条文を暗記すれば点が取れるような。問題を作っている人も、憲法をよくわかっていないなという感じがします。そうやって先生になって、生徒にも自分がやったのと同じ暗記と穴埋めの試験をやるわけですね。そういう教育を受けた人の中から、教員になる人が出る。この無限ループで、戦後ずっと過ごしてきたのではないでしょうか。

私のYouTubeチャンネルで、教員採用試験の過去問や、教科書、学習指導要領などで憲法がどのように扱われているか解説しています。

【『虎に翼』でも話題の“日本の法”】憲法は、私たちが幸せに暮らすために、私たちが「使う」もの。『檻の中のライオン』著者・楾大樹さんが詳しく解説。<日本一わかりやすい憲法の授業③>_img0
 

渥美 司法試験などの条文を見ながらやる試験って、例えばどういう問題が出るんですか。

楾 例えば事例問題なら、「公務員が公権力を使ってこういうことをしました。この事例に含まれる憲法上の問題点を論じなさい」とか「こういう法律が制定されたと仮定します。合憲か違憲かを論じなさい」とか。

渥美 つまり、憲法をどう使い、どう考えるかってことなんですね。

 そのとおりです。現実に起きる問題を、憲法を使ってどう解決するか。これが法律家に求められるスキルのひとつです。国民全員が専門的に学ぶ必要はありませんが、国民は主権者なのですから、一人ひとりが憲法の使い方を心得て、憲法が保障している権利を使って、政治と関わり、社会を作っていかなければなりません。それを学校で教える教育の仕組みが整っていてこそ、真の民主主義国家だと思います。
 

 


渥美 主権者教育って、つまりは民主主義にきちんと参加する人になるための、ベースを作るってことなんですね。

 そうです。だれが、どんな社会を作っていくのか。だれか偉い人が作ってくれるのではありません。それでは独裁国家です。主権者である私たちが、「知る権利」を使って情報を知り、「表現の自由」を使って意見を述べ議論し、「選挙権」を使って投票し、私たちのための社会を私たちが作っていくのが民主主義です。それを定めているのが憲法です。社会の作り方、社会とのかかわり方をマスターしてこそ、「社会科」だと思います。社会科だけではなく、生徒会の活動なども、民主主義の練習場のようなものだと思います。

立原 民主主義の基本は、やっぱり議論ですね。

 民主主義は、単なる多数決ではないわけですね。多数決で少数派の人権を奪うようなことを決めてはいけません。まずは議論することが大事です。

立原 学校では何を決めるにも多数決だったから、民主主義=多数決、と思っている人も多そうです。でも国会で過半数を超える与党が、なんでも強行採決するのを見ると、すごく理不尽な感じがしますよね。

 憲法には、国会で過半数を占める与党が多数決を濫用しないようにする規定があります。たとえば、臨時国会が「総議員の四分の一以上」の要求で召集される(53条)のは、少数派の話を聞いて議論することで、多数決による人権侵害を防ぐためです。改憲の発議には「総議員の三分の二以上」の合意が必要(96条1項)なのは、過半数を占める与党(ライオン)を縛っている憲法(檻)を与党だけで変えられないようにするためです。このように、憲法の条文に出てくる数字も、ちゃんと意味があります。
 

渥美 そういう数字って、丸暗記だとすぐ忘れちゃうところですが、意味を聞くとすっと頭に入りますね。

 社会科は「暗記科目」だと思っている人が多いかもしれませんが、ただ暗記しただけでは使い物になりません。なぜ? と考えてみることが大切です。憲法の条文を遡ると、すべて幹(民主主義や権力分立)を通って、根っこ(個人の尊重)につながっているんです。