社会科の教科書はどうなっている?


立原 小学生と中学生の子供を持つ親として、教育の実態はすごく気になります。

 教科書にも問題が多いです。小学校6年生の社会科教科書では、憲法は権力を縛るルール、公務員が守るべきルール(99条)ということは書かれておらず、「私たちが他の人の人権を守り、義務を果たそう」というように書かれています。国家権力を縛ることで私たちに自由がある、という自由権の説明は乏しく、「表現の自由」をどう使うか、などは書かれていません。国がいろいろやってくれる、という社会権の話が中心です。
 


社会権あらゆる人々が人間らしい生活を送れるよう、国家権力に施策を求める権利。自由権が「国家からの自由」と呼ばれるのに対し、社会権は「国家による自由」と呼ばれる。日本国憲法では、社会権を大きく4つ(生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、労働基本権)にわけており、その基本となるのが「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条1項)。
 


 憲法は、まずは「国家権力と私たち=タテの関係」を定めたものです。しかし学校教育では、「私たち同士=ヨコの関係」、つまり他人に迷惑をかけずに仲良く生きていくこと、のほうを中心に教えているのではないでしょうか。人権を「思いやりの心」のようなものと教える、明らかに間違った教育や啓発も、全国で行われていると思います。
 

 


渥美 憲法は「国民が遵守する」ものじゃなく、「私たちの権利を守るために国家権力をコントロールする道具」という根本のところが頭に入っていることが大事かも。日本社会って常に横の関係で問題解決すること、共助ばっかり求められるけれど、憲法を学べば「これは国がどうにかすべきことなのでは?」ということもわかってきそうです。

 私は学校で出前授業をすることもありますが、公民で憲法を教わった中3も、憲法は誰が守り、誰が守らせるルールなのか、よくわかっていない様子であることが多いです。中学校の公民の教科書には立憲主義の説明はあるんですけれど。

立原 それをわかっていれば、憲法を遵守しない権力者に対して、もっと怒ったほうがいい、と思えるかも。

 芸能人の不倫には怒るのに、政治家が憲法違反をしても怒らない人もおられるでしょうね。憲法違反って、全くスケールの違う国家レベルの違法行為なのに。

立原 「権利の使い方」についても教わらなかったと思います。

 そうですよね。学校の憲法の授業では、権利よりも「国民の三大義務を覚えましょう」というふうに教わりませんでしたか?

渥美立原 教わりました!

 「国民の義務」なんて、憲法を学ぶうえでの重要性はゼロです。法学部の試験や司法試験などでは、そんなところは出ません。専門的に憲法を学ぶ人たちは、そんなところは見ません。

たとえば、「納税の義務」が「三大義務」の1つだと教科書に書かれていますが、憲法があるから納税の義務がある、のではありません。憲法などなかった時代は、税を払わなくてよかったのでしょうか? そうではありませんね。憲法なんてなかった大昔から、権力者は「税を払え」と言っていたわけです。権力者からそう言われたら、いくら無茶な重税でも、いくら権力者が私腹を肥やしていても、黙って払うしかありませんでした。そういう時代から「納税の義務」はあったのです。

憲法を学ぶうえで重要なのは、そういう権力の濫用をどのように防ぐか、という仕組みです。誰がどのように税金を負担するかを、誰が決めるのでしょうか?
 


84条あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
 


税金のことは法律で決める、と書かれています。「租税法律主義」といいます。法律を作るのは、唯一、国会だけです(41条)。そして、国会議員を選ぶのは、私たちです。私たちが選んだ議員が、私たちの声をふまえて、税制を作る。国会議員が身勝手なことをしていたら、私たちが表現の自由を使って批判し、選挙権を使って議員をクビにできる。そういう仕組みなら、私たちは税金を搾り取られたり虐げられたりしないはずだ。この仕組みが、税金を払えというライオンを縛る「檻」にあたるところです。

国の財政はどうあるべきか、どこにお金を使うのか、どのような税制がよいのか、増税がよいのか減税がよいのか。私たちがそこに関心を向け、私たちの声を政治に反映させてこそ、私たちのための政治が行われるということです。憲法ができ、民主主義の仕組みができたのですから、それをこそ、学校で教えなければなりません。それは教わりましたか?

渥美立原 いいえ!

 納税の義務があります、お上から税金を払えと言われたら払いましょう、と教えるだけなら、独裁国家の国民を育成しているかのようです。もちろん脱税をしてはいけませんが、脱税が違法なのは、憲法に反するからではなく、国会が作った税法に反するからです。税は社会にとって大切なものだ、と教えることも大事ですが、私たちが政治に関心を向けてこそ私たちのために税が使われる、ということも教えなければなりません。

前回も同じようなことを述べました。「戦争は悲惨だ」で終わらないで、「戦争が起きないような政治を、私たちが作っていこう」と教えてほしい。「きまりを守ろう」で終わらないで、「より良いきまりを、私たちが作っていこう」と教えてほしい。さまざまな面で、「だから私たちが政治に関わっていこう」という肝心なところが抜けている教育になっているのではないでしょうか。若者の投票率が低いのは、学校教育に要因があると思います。