優れた母の期待


物心ついた頃から、よく「英玲奈ちゃんのママってなんかかわいい!」などと言われていた記憶がある。

派手さはないけれど、大して手をかけていたとも思えないのに肌がなめらかで、表情がくるくる変わる。娘から見てもちょっと人目を惹く、健康的で明るいオーラがあった。

そんな全方位にデキたお母さんが、私に全力で期待し、女の子としてあらゆるシーンで主役であることを望んでいる。無意識に、無自覚に。でも当然のように、まっすぐに、はっきりと。

その期待の、想いの重さに、私は小さい頃からおののいていた。

――でも、もうすぐ遠くに行く。

私は目を閉じて、小さく息をついた。ひとりぼっちの吐息が、天井に吸い込まれていく。

 


結婚式の準備


『英玲奈、体調はどう? こちらは接待で遅くなるから、先に電話したけど、帰宅中かな、ごめん。もし調子が良くなかったら、無理するなよ、金曜の夜にはそっちにいくから。そうそう、この前話した結婚式場のパンフなんだけど、直接英玲奈のマンションに送ってもらったんだ。懇意にしているクライアントだからさ、一度は検討しますってことになってて、ごめんね。週末に一緒に見てみましょう』

帰宅するといつの間にか入っていた彼からの留守電。再生し終わる前に、ソファに身を投げ出した。確かに宅配BOXに荷物が届いていた。のろのろと起き上がって開けてみると、中にはふんだんにお金をかけた写真集のようなパンフレットや、招待状の見本などがぎっしりつまっている。

「24歳の初産は心細いけど母がいる実家には帰りたくない……」夫にも秘密のコンプレックスを抱える娘の本心_img0
 

――結婚式って、今どきでもこんなにちゃんとやるもの?

興味本位でパラパラとめくった冊子には、信じられないほど天井の高いホールで、びっくりするほど背の高いケーキを前にほほ笑む美男美女カップルの写真。

ゲスト60名で250万円から、などという数字に思わず怯む。250万円? そりゃこんな豪華な会場でコース料理を食べたら、そうなるのかもしれないけれど……。

次のパンフレットを見ると、海外で親族を呼んでチャペルで式を挙げて100万円と書かれている。式を挙げるだけで100万円?

おそらく非常識なのは私で、堂々とアピールされているくらいだから特段高いわけじゃないんだろう。衣装とか、いろいろお金がかかるだろうし。

こういうのを見たら元気が出るかと期待してみたけれど、テンションが上がるどころか憂鬱な気持ちになって自分でもびっくりした。……金額うんぬんの前に、結婚式という言葉に反射的に気が重くなるには、理由があるのだ、きっと。