平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第72話 気が合わない母娘【前編】
『それじゃ同窓会の連絡の手紙のことだけど、封筒をあけて写真に撮るか、英玲奈のマンションに転送するか、連絡をちょうだいね。すぐにお返事しないと迷惑かけちゃうでしょう。忙しいと思うけどあまり無理しないようにね』
電話をかけたら留守番電話に切り替わったので、私は一息に用件を告げる。一応、会社が終わった時間帯にかけてみたけれど、出ないことにちょっとだけほっとしていた。
ショートメッセージにしようかと迷ったけれど、先週送って既読スルーされていた。
大学を出てから就職し、待ってましたとばかりにひとり暮らしを始めた娘の英玲奈。兄ふたりと比べても、3人のなかでいちばん若いときに独立したことになる。
「新卒で家賃8万円のマンションなんか借りて、あの子、どうやってやりくりするつもりなのかしら」
そんな風に夫に言ってみたものの、ほんの少しだけホッとしたのも事実。
なぜならば、私と、待望の娘であったはずの英玲奈はどうにもこうにも……気が合わないのだ。私たちのあいだの微妙な「ズレ」と「溝」は、24年かけて、否定しがたく、厳然としてそこにあった。
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