ホットフラッシュ


――うわ、出た、滝汗……!

平日の午後にもかかわらず混んだ地下鉄で、立ったままぼんやりと外を見ていると、突然、例の「カーッ」がやってきた。みるみるうちに首の周りに汗が噴き出て、つり革を持つ掌まで濡れていく。

猛暑日の電車内は、熱中症予防のためだろう、冷房ががんがんかかっていて寒いくらいなのに汗は止まらない。私はかかえていたゲラの入った茶色い紙袋が、掌や腕の汗で濡れないように荷物棚に上げて、ハンカチで必死に拭いた。それから人目をはばかりながら、タオルハンカチで首の周りを素早くぬぐう。取材だからキチンとしなきゃと、ブルーのボウタイのブラウスを着てきてしまった。背中が濡れているのがまるわかりだ。

こんな涼しい車内で、急に汗だくになったりして。せっかく多少は若見えするように見た目に気をつけているのに……。

左薬指に結婚指輪はないし、パンプスで汗だくで飛び回る中年の会社員なんて、可哀想なやつと思われているかも。いや誰も見ていないか……。一人前の女性として恥ずかしくないように、しぐさや身だしなみに気をつけるのが習い性になっているけれど、これからはそれさえも自意識過剰の範疇になるのだろうか。

混んだ車内でホットフラッシュ…!吹き出す汗が原因で、思わずとってしまった行動が大トラブルの原因に!?_img0
 

……すっかりひがみっぽくなっている。これもホルモン減少のなせる業?

不意打ちで始まった不調が更年期症状だとして、じゃあ一体いつ終わるんだろう? 早く始まったんだから、ひとより確実に早く終わると言ってほしい。更年期は閉経の前後10年というが、長すぎる。そんなにも長い間、ひとりでこの心身の不調に耐えるなんて……。

そのとき市ヶ谷、という単語が耳に飛び込んできて、私ははっとして開いたドアのほうに移動して飛び出た。危ない、取材には絶対に遅れるわけにはいかない。余裕を見て出てきたけれど、少しでも早くついて、ビルのお化粧室で溶けたメイクを直さなくちゃ。

 

私は速足でホームを歩き、改札口を抜けると、地上出口に向かって階段を上った。陽射しが肌を刺して、収まりかけていた汗がまたぶり返した。

考えるな、考えるな、仕事に集中。

考えてもどうにもならないことを考えても、仕方ない。取材を終えたら、急いで校正赤字の入ったゲラを印刷所に持っていこう。うまくいけばデータ修正が夜には上がってくるはず……。

そのとき私ははっとして思わず棒立ちになった。肩からかけた黒いトートバッグを触る。咄嗟にその中をガバッと開けて見た。

――ゲラは!? 赤字が入った原稿は!?