対照的な休暇

「あ~、ホテル、どこもものすごく高い! 1泊大人3万円って、家族5人で行ったら10万円超え! 温泉にそんなに出せるなら苦労しないわよ」

ランチどき、会社が入っているビルの共有スペースでお弁当を広げていると、一緒にいる同僚の弘美さんがスマホを投げ出してつっぷした。彼女もまた、中学生ふたりと小学生のお子さんを持つワーキングマザーだ。ざっくばらんな人柄で、何かと頼れる先輩だ。

「そうですよねえ、今、円安で海外なんていけないし、国内もインバウンド好調でどこも高いですよね」

私は頷きながら、残り物を詰めたお弁当をほおばった。子どもたちはちゃんとお昼を食べているだろうか。

「なんかさ、悲しくなっちゃうよね。なんのために頑張って働いてるんだか。日本の経済は破綻してる、って言われても……こっちは精一杯頑張ってるのにねえ」

私はため息の代わりに、ちらっと窓の外を楽しそうに歩く外国人たちを見る。このところ、とりたてて見どころのないこんなオフィス街にも観光客が増えた。それどころか、我が家の近所のスーパーでさえ見かける。

以前のように日本が大好きな観光客、というよりも、まるで暮らすように旅している人が多い印象だ。ネットの記事で「日本は清潔で治安がよくて円安だから、子連れでリラクシングなお休みを過ごすのに最適」とあった。

働く母が悩む、小学生の夏休み問題…独りで留守番の長女に異変が!?焦る母がとっさに考えたのは…_img0
 

……完全に筋違いだとわかっているけれど、猛烈に羨ましい。
    
一生懸命やっているのに、いつの間にこんなふうになったんだろう? 子どものために必死で働いているのにな。理想の家庭とは程遠い。

言っても仕方ない。愚痴を言っている暇があるなら、少しでも仕事を頑張って、早く帰って、子どもたちと過ごそう。自由研究だってちっとも進んでないし。

昼休みはまだ20分残っていたけれど、私は早くデスクに戻ろうと、お弁当を片付けはじめた。

すると、珍しく携帯がぶるぶると震えた。見ると、スイミング教室から。咄嗟に、加奈に何かあったのかと心臓がはねた。まさか水の事故!?

「はい、国見です! 加奈がお世話になっています」

「国見さんですか、こちらこそお世話になっております。あのう、加奈ちゃん今日はお休みですか? 夏季は振替はできないので、今日の内容はメールでお送りしますね」

私はびっくりして時計を見た。

加奈がスイミングに行っていない? 

「あの、すみません、朝は行くって確認して家を出たんですが……! ええと、電話してみます、ご連絡ありがとうございます」

私は慌てて電話を切ると、すぐに加奈のキッズ携帯に電話をした。しかし出ない。GPSの位置情報を見ると……それは自宅で点滅していた。

具合が悪くなって、寝ているのかもしれない。とりあえず、家にいるらしいのでほっとした。

――でもどうしたんだろう……? 休むなら、加奈なら電話してくるはず。

思春期にさしかかり、多少不機嫌そうにすることもあったが、加奈は根が真面目な子だ。小学校も皆勤賞だし、習い事や学童を黙って休んだことなど一度もない。

「玲子ちゃんどうしたの? 加奈ちゃんどうかした?」

弘美さんが心配そうにこちらを見る。

「うん、なんか、スイミングお休みしたみたい。お腹が痛かったとかかな? 今日は定時で帰って、様子をみてあげなきゃ」

私はなるべく明るく笑って、急いでデスクに戻った。何でもない、大したことじゃないはず。もしかして予定より早く生理がきたのかも? 

……それが「親子の大きな試練」になるとは、この時、私はまだ知らずにいた。

次回予告
【中編】急に元気がなくなった長女。理由がわからず、悩む母は……!?

 
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

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