低所得層は、情報を得るためのコストも無視できない

運動部に入れない、行事に参加できない、夏休みの思い出がない——。「贅沢」でも「可哀想」でもない“体験格差”の問題とは_img0
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このように、子どもの「体験」にかける金額が、家庭の経済状況によって大きく異なることがわかります。

世帯年収300万円未満の家庭の低所得家庭が、子どもに体験をさせてあげられなかった理由として、一番目に保護者の経済的理由(56.3%)、次に保護者の時間的理由(51.5%)があげられました。他にも、情報がない(14.3%)といった声もあったそうです。

 
無料で提供されている色々なイベントがあるじゃないか、お金がなくてもそれをちゃんと探して参加すれば十分だ、そんな意見もあるかもしれない。しかし、情報を探すのにも時間がかかる。労力がかかる。毎日働くことに精一杯で、地域とのつながりを持つことができず、親同士の関係も構築できず、口コミでの情報が自分には回ってきづらいのだという声もたくさん聞いてきた。(『体験格差』今井悠介著 講談社)

筆者は地方の貧困家庭で育ちましたが、情報を得るためのコストは無視できないと強く感じます。貧困層が集う県営住宅で育ったのですが、その団地に住んでいた同い年の子どもがいる家庭は、親が昼夜問わず働き詰めのシングルマザーで、いつも不在。お小遣いを持たせる余裕もなく、地域のお祭りにも子どもたちは来ませんでした。また、行事に参加しないこともあって、地域コミュニティから孤立し、情報を共有してもらう機会が少ないのです。

無料の体験講座があっても、来るのは情報を集めるのが上手な比較的余裕のある家庭の子ばかり、という話も聞いたことがあります。親が低所得で余裕がない場合、情報が入って来づらい、という部分もあるのかもしれません。