平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。


これまでのはなし 「合格請負人」として名を馳せる家庭教師、神崎隼人は、依頼人の沢田斗真の母親に対して違和感を覚える。絶対に医学部進学率が高い全寮制の中学に入れてほしいという母。。一方の斗真は、飄々としていて成績は一見普通だが、頭がよく、成績をわざと落としていると看破する隼人。「次の模試は会場までつきそう」と、親子に告げた――。
 
 


第89話 家庭教師は見た【後編】

不倫を楽しむために息子を全寮制の学校に入れたい美貌の鬼母。家庭教師が立てた作戦とは?_img0
 

「斗真くん、それでは持ち物を確認しましょう。星雲中本番は、最寄りの駅に1時間前に到着するといいでしょう。地震や雪で電車が止まることも考えられますから、お母さまには朝起きたら交通情報を起きてすぐに確認するように伝えます」

抜けるように晴れた秋の日曜日。9時から開始する合格判定模試のために、斗真くんを7時40分に自宅に迎えに行き、模試会場の最寄り駅に移動。駅前のカフェで確認を開始した。

「せんせー、こんな遠い会場に来なくても、うちの近くの校舎でも受けられたじゃん。朝、電話までくれたけど、6時になんて起きられないって」

斗真くんはオレンジジュースをちゅるっとストローで飲むと、大きくため息をついた。

「お母さまに、6時に起きたらLINEでスタンプのひとつも送っていただけるようにお願いしておいたんです。でもご連絡がいただけなかったので、もしやまだ起きていらっしゃらないのではと、僭越ながら斗真くんに電話をしました。このようなトラブルに備えて、会場も、敢えて電車に乗ってから試験を受ける状況を練習しました」

「……せんせーってさ、一体、いくらもらってるの? こんなに全員に手をかけてたら、商売あがったりじゃない?」

「ご心配なく。さて、そろそろ行きましょうか。今日はまるっと1日お母さまに許可をいただいているので、夕方また迎えにきます」

「せんせー、もはや親だよそれ……。あーあ、模試、面倒くさいなあ」

斗真くんはストーローをぐっと嚙み潰すと、諦めたように席を立った。