友達ができたと思ったのに


「……ごはんおいしかったね? 恵美子さん、料理上手だよね。レシピもらった?」

ようやくアパートを出たのは16時頃。ひとの車に乗せてもらうと、当然ひとりでは帰れない。それが場合によってはこんなに不自由なのだと、今日初めて知った。

運転席の理絵ちゃんは、アパートではほとんど話しかけてこなかった。しかしふたりきりで車に乗っていれば仕方ない。打って変わって饒舌だった。

「理絵ちゃん、どうして私を誘ったの? 私、昨日とっても嬉しかったんだけど……まさか鍋を売りつけられるとは思ってなかったよ」

しばらく生返事で助手席に乗っていたけれど、やるせない思いは次第に怒りに変わっていく。思い切って理絵ちゃんに尋ねた。

「え! 売りつけるだなんて……あのお鍋、本当にいいお鍋なんだよ」

「いくらいいお鍋だからって、それを友達に買わせることで自分が儲かるシステムに私は興味がないし、事前に目的を言わないでああいう販促会に連れていくのは違反なんだよ。友達がいない女を狙って友情ごっこをしかけるなんてひどいよ」

田舎の主婦のランチ会が「これ、おいしいですね」の一言で一転…「特別に安く売ってあげる。だからあなたも…」_img0
 

最後はちょっと声が震えてしまった。こんなふうに人に対してむき出しの気持ちをぶつけるのは久しぶりだった。

「……いいじゃん、べつに。亜紀ちゃんにとってはそんなに高いお鍋でもないでしょ? 旦那さん高給取りじゃん。こんな田舎に来て、お金つかう先もないっしょ? ましてや上等な鍋だもん、詐欺じゃないよ。ビジネスにもなるし……」

「それがビジネスだと思うならもちろん否定はしないけど、私は友達をだまし討ちにして何かを売るシステムは好きじゃない。ましてや人恋しい気持ちにつけこんで近づいてくるなんて」

車が交差点に差し掛かって、ちょうど止まった。数百メートル先にいつものイオンが見える。私は「送ってくれてありがとう」というと、車を降りた。

「亜紀ちゃん、雪降ってるから危ないよ、そんな靴で……」

言葉を遮って、ドアを閉める。車で追ってこられないように、進行方向と反対に歩き出した。

――本社からくる人の奥さんはいいカモ。狙い目よ。もっともっとアピールして!

私が帰り際、トイレを借りている間に聞こえた、恵美子さんのひそひそ声がよみがえる。

滑稽だ。友達ができた、なんて舞い上がって。だいたい初めて会うひとの家に行ってごはんをいただいたからって、それは友達じゃない、そもそも。

自分のおめでたさ、空回りが恥ずかしい。

薄暗い国道脇、粉雪が舞う吹きっさらしの歩道を、いつの間にか泣きながら、私はとにかく歩き続けた。

次回予告
すっかり元気をなくした亜紀。ある日さらなるピンチが……!?

 
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

田舎の主婦のランチ会が「これ、おいしいですね」の一言で一転…「特別に安く売ってあげる。だからあなたも…」_img1
 

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