平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第93話 友達がいない 最終話
――亜紀ちゃんこんにちは。この前のランチ、楽しかったね! レシピを送ります、お家で再現するのは圧力鍋でもできるけど、うちのお鍋と比べてみてね。こんどはお鍋を使ったデザートをつくるから来月もどう? 新しい会員さんもきます!
――こんにちは、亜紀さん。ちょっとお願いがあって……私がパートで働いている生命保険会社で、セミナーがあるの。立食形式でおいしいごはん食べられるよ。もちろん保険は入らなくても大丈夫。アンケートに答えて、話をきいてくれたら、ランチ無料っていう企画なんだ。ぜひ来てほしいな。
――耳より話! 心が穏やかに幸福になれる貴重なお話会があるんだけど、都合のいい日にちを教えてくれないかな?
――亜紀さん、エステ興味ある? 私、今エステティシャンになるために勉強していて、モニターになってくれる人探してるの。本当は2万円だけど、モニター価格で半額でご案内しています。よかったら車で迎えにいくので、明日はどうかな?
あのランチ会の翌日から、私のLINEは急にさまざまな「お誘い」が入るようになった。
行く前に、理絵ちゃんがグループLINEに入れてくれるというのをふたつ返事で喜んだ自分のおめでたさに笑ってしまう。
いや、私の心がいじけてなかったら、こういうお誘いも楽しめるのかも。
みんな、本気で私に何かを売ろうと思い詰めているわけじゃなく、新参者が来たら仕事につながったらいいなということなんだろう。声をかけてもらえるだけ、まあましなのかもしれない。
そう言い聞かせても、私の心はちっとも弾まなかった。生まれてからずっと東京に住んでいた私は世間知らずなんだろう。アウェイで暮らす大変さは、大方のひとがすでに味わっている。そのことに気づかずに生きてきた。
大して面白くもないよそ者の私に、メリットも接点もないのに積極的に関わるひとはいない。アラフォーになって痛感していた。
振り返っても、東京にいた頃は近所に誰か引っ越してきても話しかけようとも交流しようとも思わなかった。学生時代、転校生はあくまでも自分の日常の中に急にやってきたひとで、ことさらその人と仲良くしようとは思わず、流れに身を任せていた。
もちろん機会があったときは親切にしていたけれど、積極的に遊びに誘ったり声をかけたりしてきただろうか?
今、逆の立場になってみて、無関心が新参者には一番堪えることを痛感していた。
だから、私をどんな形であれかまってくれる彼女たちを悪く思うのはやめておこう。
……でも、どうしてもそのお誘いに乗ることはできなかった。私は再び、独りぼっちで刺激のない、ぽっかりと真空のようなアパートで過ごすようになっていた。
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