男親に不平等な結婚制度


夫として、妻との関係が壊れるのに十分と言える一面を知ってしまった裕一さん。

しかしながら彼は妻に何も言うことなく、これまで通りほぼ変わらない生活をするという選択をしたのです。

「なかなかのショックを受けましたし、たぶん女性不信みたいな状態にはなっていると思います。それまでは細々と夜の夫婦生活もありましたが、一切妻に触れる気にならないのでレスにもなりました。でも、表向きの生活はそう変わってないはずです。妻の本音を聞いたことについて僕は何も言っていないので、それなりに日常会話もするし、家族で食卓を囲みます。休日は一緒に過ごすし、ときどき旅行にもいきますよ」

とはいえ、裕一さんにとって妻と過ごす時間も我が家での時間も安心できるものではなくなり、妻には心を閉ざした状態でやり過ごしているそうです。

しかし一体なぜ、裕一さんは不倫について何も言わないのでしょうか?

僕が不倫を責めても無意味だからですよ。もちろん、ときどき堪えようもない怒りが込み上げて彼女にぶつけたくなります。でもそれをする意味が、メリットが僕にはないんですよ

裕一さんは口元を歪め視線を落とします。

「妻の本音を聞いたあと、僕もそれなりに考えました。離婚も頭をよぎりました。もしも僕の感情が爆発したらどうなるでしょう? 妻の口調ぶりから、不倫はやめないだろうし性根も変わらないでしょう。だとしたら、離婚に向かうしかなくなる。

でも妻の不倫を明るみにして離婚したとして、男親である僕が娘の親権を得るのは限りなく難しく、また財産分与で僕の資産は確実に減ることになるはず。何より、健やかに育っている娘がどう思うか……

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裕一さん曰く、妻の不倫の証拠を集めるのは容易いと言います。あえて追跡しないようにしていても、妻は完全に油断しているのか外出時の嘘は辻褄が合わないことも多く、家の中に放置されたスマホには明らかに怪しげなLINEメッセージが表示され、不倫相手の名前の目星もついてしまったそう。

「高校の同窓会だから地元に泊まりがけで帰ると言った翌月に、ひさしぶりに高校時代の友達が上京して数年ぶりに会うから週末に出かけるとか言い出すんです。明らかに適当な嘘をついていることに自分で気づいていないんでしょうね。僕は舐められてるんですよ

裕一さんのお話を聞いていて、少し前に流行った『離婚しない男ーサレ夫と悪嫁の騙し愛ー』というドラマを思い出しました。妻の不倫に苦しむ夫が、娘の親権を勝ち取るために四苦八苦するコメディタッチのストーリーです。

世間では男性優位社会とかジェンダー不平等と言われていますが、結婚制度については男のほうが圧倒的に弱いと僕は思いますよ。離婚するなら知りたくもない不倫を細かに暴く必要があり、それでも理不尽な条件を飲み込まなきゃならない可能性が高い。妻はお金にかなりがめついタイプなので、そうとなれば全面的に戦うことになるでしょう」

親権と財産分与。離婚時、これは人によって救済策にも致命的な損失にもなり得ると改めて実感しました。お話を聞く限りでは、裕一さんの落ち度はほぼないように思えます。敢えて言うならば妻へのお小遣いについての意見の食い違いですが、その結果がサレ夫としての結婚生活の我慢を強いられるというのは、あまりに痛ましい気持ちです。

「そう、だから、目下僕は、無意味に波風を立てないと決めてるんです。ただでさえ忙しいのに、これ以上しんどいことはしたくない。何よりまだ小さな娘に余計な心配はかけなくないから。一応母親との関係は良好なようですし。

そして、それを決めたのは僕です。離婚をしないと決めたからには無駄に険悪になる意味もないし、娘の前ではなるべく良い家族でいるつもりです。もし彼女が両親の存在をさほど必要としなくなる年齢になり、共同親権が認められるようになったら……。その時はもうお金はどうでもいいので、妻とは離れたいと思います」

大したオチがなくて申し訳ありません、と、最後に裕一さんは薄く微笑みました。

裕一さんの口ぶりからは、父親として娘さんを何より大事に想う気持ちが痛いほど伝わりました。部外者としては「他に何か方法があるのでは……?」と口出ししたい気持ちが湧きますが、きっと裕一さんはご自身で散々考えた結果、娘さんがある程度自立をするまで安心した環境を守ることを選択したのだと予想します。そしてそれが、裕一さんの人生にとっても最善策だと、他でもないご本人が決めたのでしょう。

正直なところ筆者にとっては腑に落ちずモヤモヤした気持ちが残る結末ですが、裕一さんは強い信念のもと、今の生活を続けているようです。いつか裕一さんの思いが報われ、事態が好転することを心から願っています。

 

写真/Shutterstock
取材・文・構成/山本理沙
 
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