
今日は3月8日はミモザの日。街のお花屋さんに一斉に黄色いミモザのお花がたくさんの飾られていました。私も1本お家に連れて帰りました。
私にとって普段の生活の中にも、食前酒のミモザ、ケーキにもミモザケーキがあるのに、お花を見て連想するのはミモザの日=国際女性デー。この日はニューヨークでお世話になっていた家族のおばあちゃん(グランマ)を思い出します。
グランマはジャマイカ産まれで結婚後NYへ。彼女は早くに夫を亡くし、まだマンハッタンにワールドトレードセンターがある時代、職業婦人として働き2人の娘を育てあげます。料理の達人で何でも美味しかったけれど、アップルパイとコーンブレッドは格別。(グランマは正式にはJohny cakeと言って真っ黒なフライパンで焼く)一緒にキッチンで何かを作る時間が大好きでした。
コーンブレッドは私の大好きな食べ物になり、ここ、日本でコーンブレッドを焼いている時、今でもグランマと一緒にいるような気持ちになります。
とっても早口なNYの家族。リビングで寛ぐ時グランマはゆっくりとした口調で沢山の話をしてくれました。なかでも印象に残っている話は、やはり職業婦人時代の話。タイピストとして勤めていた時代、マンハッタンへ向かうバスやトイレも、黒人白人が別々だった話には驚きました。100年も前の話じゃないのですよ。1960年代辺りです。
時代は変わり、娘のマイア叔母さんは主席で学校を卒業し、その後銀行員に。マンハッタンのオフィスを訪ねた際、窓が大きく開いた個人の部屋で働いていました。1965年辺りから再び女性解放運動関心が高くなり始め、徐々に差別もなくなっていったのでしょう。グランマが駆け抜けてきた時代の話をリアルに聞けたことが、貴重な経験でしたし、同じ女性として誇りに思います。

この日何の日?は、ミモレ世代まで生きてくればたったひとつだけの日ではなくなりますよね。いろいろな思い出や日々がひとつの記念日では語れない、たくさんの物語が付随します。丁寧に日々を生きて行こうと思います。
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