yuiaiさんからの質問
Q.
友人の縁が切れてでも
友達の不倫をやめさせたくてたまりません。

親友の不倫をやめさせたいです。もう6年ほど継続しています。その間に私は結婚して子供もできました。本人次第なのは分かっていますが、年月の経過や相手の様子から、別れをすすめてきました。自分たちで別れの期日を設けていたのに別れておらず、意思の弱さに苛立ちます。そして久しぶりに我が家に来たい、しかも彼が泊まりに来たいと言っている、と言い出しました。相手は私とほとんど面識のない人です。非常識だと思いました。2人で話し合ったことを私に伝えたい、などと言っていますが、友人の縁が切れてでも別れてほしい、別れていつか私の言葉に気づいてくれればそれでいい、と思うほどです。これほど思うのは押しつけがましいのでしょうか。今後どう付き合っていけばいいのでしょうか。(33歳)

特別ゲスト 掬池友絢さんの回答
A.
友人の不倫が自分にとって苦しみとなっている原因をきちんと見つめられたほうが良いかもしれません。

友達思いというのは素晴らしいことだと思うのですが、今のyuiaiさんの思いは、友人をコントロールするという方向になっていらっしゃるように感じました。日々是好日――人生は自分の思うようにはできない、それを知ることが人生の好転につながる。これは、仏の教えにもあることです。

相談に誠実にご対応されたのに、友人はすべきことをされなかった。さぞや裏切られたような気持ちになったことと思います。それは理解できるのですが、せっかく生まれたご縁。切ってしまうのではなく、まずは少し距離をとる、といったことをされてみてはいかがでしょうか。

友人がされていることは、世の中の“正しい・正しくない”の基準で鑑みますと、たしかに正しくないことだと思います。そしてyuiaiさんは、大変正義感の強いお方でもいらっしゃるのだと思います。そのため「私が助けなくては」と強く思われていらっしゃるのでしょうが、その正義感を少しだけ、「友人ならダメな部分も含めて受け入れる」、そういう心持ちに寄せてみられてはいかがでしょうか。

そしてもう一点、是非行ってみてほしいことがあります。そもそもyuiaiさんはなぜそこまで、友人の不倫をやめさせたいのでしょうか? 正義感の前に、どうしてもやめさせたい別の要因が、ご自身の中に潜んでいるのかもしれない……と感じました。心に余裕があるようでしたら、この問題がここまで自身の苦しみとなっている原因を、一度探られてみてください。

私も、何かに心が捉われてしまったり、キャパシティオーバーになって余裕がなくなってしまったりすることはよくあります。そんなとき私は、心の中にスペースを作るために、瞑想を行っています。と言っても、目を瞑って呼吸を意識し、心を自分の内に向けるというもので、決して難しいものではありません。ですがこれだけでも、ふっと心が落ち着き、余裕が生まれるものです。昨今はマインドフルネスといって、瞑想を取り入れた心の沈静法が話題となっています。yuiaiさんが友人のことにこれだけ捉われるというのは、ご自身を見つめる良い機会が訪れている、ということでもあると思うのです。決して瞑想という方法でなくともかまいませんが、ぜひ一度、ありのままの自分をきちんと味わう、ということをされてみてほしいと思いました。

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PROFILE
  • 掬池 友絢(きくち ゆうけん)1975年生まれ。浄土宗僧侶。静岡県三島市にある蓮馨寺副住職。平日は都内の仏教機関に勤務しながら、一方で、仏教の良さを伝え広めるべく様々な活動に取り組んでいる。著書に『泣きたいときには泣いていい』(講談社)がある。蓮馨寺で「お念仏の会」や「お寺BBQ」といったコミュニティ活動をおこなう他、月に1回、寺子屋ブッダの「友絢さんとお茶を飲む会」で女性向けお話し会の講師も務めている。詳細は寺子屋ブッダのHPを参照。 この人の回答一覧を見る
  • 山本 奈緒子1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『with』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。 この人の回答一覧を見る