2018.6.14

いやよいやよは、いやのうち

こんにちは。編集・川端です。
財務省の福田前事務次官のセクハラ事件は、日大アメフト部の一件ですっかりどこかへ行ってしまい。今は、紀州のドンファンがどうしたとか……。福田前事務次官の問題により、メディア業界のセクハラ問題がもっと明るみに出てくるかと思ったら、そうはなりませんでした。

そんなことがちょっと私の心に引っかかっていて、先日、国際人権NGO「ヒューマンライツナウ」が主催するシンポジウム『メディアで起き始めた#Me Too 声をあげられる社会をつくるために』に参加してきました。

ミモレ大学の講師でもある小島慶子さん、浜田敬子さんらが登壇すると聞いて伺ってみたのですが、有料イベントながら、専修大学 神田キャンパスの大教室は早くから超満員!

 注目のスピーカーは、ジャーナリストの伊藤詩織さん。彼女が告発した後の世間のバッシングや中傷を含む二次被害やメディアの取り扱いの酷さは、聞くに堪えないものがありました。

 

でもひとつよいニュースを伊藤詩織さんが教えてくれました。

スウェーデンでは今年の7月に法改正があり、今までは性暴力(レイプ)罪が成立するには「NO(拒否)」を証明しなくてなりませんでした。しかし、新しい法律では、「YES(積極的合意)」があったことを証明しないとレイプ罪にとえる、という方向に変わるのです。

NOを証明するのは非常に難しい。日本では“いやよいやよも好きのうち”なんて言いますが、「やめてくださいよ~と冗談めかして言っていたが、彼女もその気だった」と言われてしまえば、“その気”の範囲はあまりに広いですよね。

浜田敬子さんも朝日新聞社に勤める若手女性記者時代は、取材先のセクハラはいなしつつも、そのくらいうまく返してノリよくみられないとやってけない、という風潮があったとおっしゃってました。

 

小島慶子さんは「無知」と「習慣」と「学習」がセクハラを助長すると解説。その言動がハラスメントに当たると無自覚であること(無知)に加えて、この業界でこのくらい当たり前(習慣)→盛り上げないと、面白い返しをしなくてはと過剰適合(学習)→ハラッサーとハラスメントを受ける側が循環して強化されてしまう。

さらに私たちミモレ世代が気を付けなくてはいけない点として、オジサン側について共犯者になる(私たちもこのくらい耐えてきた、うまくやってきた)、あるいは若い男子に対して脱いだり、道化になることを面白がってあおる側になる可能性が大いにある。(←身につまされました・汗)

このイベントで紹介されていた『上司の「いじり」が許せない』という新書をすぐ買ってよみました。

電通の新入社員・高橋まつりさんの自殺をきっかけに、ジャーナリストの中野円佳さんが「いじり」の危険性について徹底的に調べ執筆した本です。「いじられキャラはオイシイ」という風潮もあり、本人が自虐ネタを提供していたり、笑いにしたり、いじられ続けるしんどさが伝わりずらい。「いじられているうちが花だよ」なんて先輩の言葉がますますNOを言いづらくする。

著者の中野円佳さんは1984年生まれと私よりちょっと若いのですが、世代として「女らしく」「かわいくいるべき」という女性性を求められてこなかった(あるいは否定的に育ってきた)ジェンダーフリー世代。会社に入ってはじめて「若い女の子」の可愛げや、「女子力」が要求されて、年上の男性から性の対象として見られて対処するスベがない、という分析があって共感しました。

このシンポジウムの模様は、こちらに>>「ダサい武勇伝」をやめない限り、メディアのセクハラ体質はなくならない
(バズフィードジャパンの編集長古田大輔さんが登壇者の一人でした)

同じくバズフィードの記事に>>コップを倒すだけでも大丈夫。セクハラを目撃した時にできる3つの対処法

というのが載ってて、なるほどと読みました。

度を過ぎた後輩イジリやハラスメント発言なんかを見たとき、割って入るのは角が立つようだったら、話を逸らすとか、資料をどさっと置くとか……そんなことでも意味があると。

小島慶子さんがイベント冒頭に「”制度は官僚が作る、文化はメディアが作る”。ハラスメントに寛容な空気をメディアが作ってきた」とおっしゃってました。

私自身は、そこまでひどい目にあってはいないですし、ラディカルなフェミニストでもないのですが、女性向けのメディアにいるからには、そんな空気の換気をよくする義務がある、と急激に思ったのです。

みなさんの会社やまわりの空気は変わってきていますか。

感化されてしまい、急にそんなテーマで恐縮です。でもミモレでもこういったことも今後はお伝えしていけたらと思っています。

ではではまた~。

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