緊急事態があぶりだす、本当の気持ち


「やっぱり、屋根はめくれてない。ベランダから雨どいのよこで、懸垂してみたけど……裏の丘から見たっていうならこっち側のはず。ネットにもこの手口、出てる。男たちが下見にくるんだって、押し入る前に」

ちょっと待ってて、と2階に駆け上がり、子供部屋のベランダから素早く屋根をのぞいた直樹は落ち着いて手を洗いながらそう言った。

「え!? 何それ、どういうこと? 怖い!」

私は思わず直樹の腕をぎゅうぎゅう締め上げる。

「痛いって! この家、見かけは豪華だし、隣近所も離れてるし。目をつけられたのかも」

「ええ、でも現金とか貴金属とか大したものはないし……でも、そういえば、軽井沢一帯に強盗が入ってるって注意喚起があった……! どうしよう、直樹」

「110番するっていっても……まだ何かされたわけじゃないし、とりあえずお父さんに電話してみるよ」

 

直樹はキッズフォンを取り出して夫にかけたが、留守電に切り替わってしまったらしく、要件を話したあと電話を切った。

 

「どうしようか。雪の夜道の運転、ママじゃちょっと心配じゃない?」

「うん、スタットレスタイヤだけど、こんな日に出たことはないから……っていうか出てどこに行こう、警察に相談したあとホテルとか? でも思い違いかもしれないし……困ったな。ねえ、あの男たち、本当に強盗の下見なのかな?」

「うーん、わかんないけど、とりあえず戸締りと、あぶないとこふさいでおこう」

直樹はそういうがはやいか、まずはリビングの大きな窓の鍵をかけた。私も急いで家じゅうの窓を点検し、鍵をかけていく。しかし、北欧住宅を模したこの家にはシャッターのようなものはなく、防寒のため2重窓ではあるが割られたら一巻の終わり。

「とにかく、人がいるってわかったら押し入って来ないはず。今夜は電気と、テレビと、消さないで騒ごう」

私が無理に力強く宣言するも、直樹はぼりぼりとほっぺたを掻いている。

「そんな『ホーム・アローン』みたいな作戦、今時の強盗に効果ないと思うけど……」

私と直樹は、とにもかくにも人が入れそうな窓の前に荷物を置いたり、勝手口につっかえ棒をしたり、防犯カメラに見えないこともない壊れたWi-Fiのルータを庭につけたり、さまざまな対策に奔走した。一通り対策をして、リビングに再集合したときにはもう18時。

夕飯は、さっき買ってきた食材をひっかきまわして、素早くパスタとサラダを作る。二人しかいない気安さで、付け合わせは冷凍食品のスチーム野菜で済ませた。

「お父さん、留守電きいたかなあ」

直樹がパスタを凄い勢いで食べながら、時計を見る。暗くなった窓の外には雪が舞っていた。「なにかあっても近隣を頼れない」という状況が、有事はこんなに切羽詰まった気持ちになるとは。東京育ちの私には思いもよらないことだった。

「どうだろう。お仕事中だろうし、気が付いたらさすがに折り返してくれるんじゃない? まあ、ほんとに仕事かはわかんないけど。どっちにしろ今から帰ってくるのは難しいだろうし、月曜までは2人でしのぐしかないかな」

「……お父さんは、浮気とかする感じじゃないと思うよ」

「え!? 何言ってるの、急に」

私は思わず大きな声で反応してしまう。直樹は年齢の割に大人びた口をきくことがあって、焦ることがあった。しかもそれが案外的確なので余計に困ってしまう。

「お母さんが軽井沢に住みたいっていったから、ここに家を建てたんだと思うよ。お父さんは最初、移住先は葉山あたりって言ってたし。その分通勤が大変だから、ちょっとくらい家を空けててもさ、まあ大目に見てやらないと」

「……直樹、本当に私の息子? 大人だよねえ」

私は降伏のため息をつきながら、パスタを頬張る。

……直樹の言う通りだ。移住したら東京とは違う、素敵な毎日が始まると心躍らせていた。しかしうまくいくことばかりじゃない。おまけに夫が想定よりも頻繁に東京に行くようになり、一度行くと数日帰ってこないので、なんだかんだそのモヤモヤがおかしな方向に行っているのは自覚していた。

きちんと話しあえばいいのに、関係が変わってしまったら、移住を後悔するようなことになったらどうしようと思うと、核心をつくことはできなかった。そのくせ、察して欲しい気持ちが嫌なふうににじみ出て、それはきっと夫にも息子にも伝わっている。

「ダメだねえ、3人で幸せになるために軽井沢にきたんだから、いじけてる場合じゃないね」

直樹と視線を合わせ、へへ、と笑ったところで、玄関のドアががちゃんと開く音がした。
 

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想像したくない、2人組の男の「目的」。果たして……?
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