緊急事態、咄嗟に母がとった行動とは?


玄関は施錠されているはず。しかし考えている暇はない。

「直樹! 庭に出て!」

私は咄嗟に直樹の肩をつかんで、庭に続く大きな窓を開けると彼を促した。同時にキッチンの包丁とスマホを掴み、2人で外に出ようと足音を殺してダイニングを横切る。

心臓が、壊れそうなほど血液を大量に送り出していた。

背後でがちゃんとリビングのドアが開く音がする。私は思わず身をすくめた。

「百合! 直樹! 大丈夫か!?」

「お父さん!」「え!? 正樹!?」

振り返ると、そこに立っていたのは昼間の男たちではなく、なんと東京にいるはずの夫だった。

「し、心配したぞ、留守電で強盗が下見に来たって! 今、全国で被害が広がってる手口だろ、インターネットにも下見のあと強盗や空き巣が入るって出てたから……もう驚いて新幹線に……なんで電話出ないんだよ! 散々かけたんだぞ」

正樹は大股でこちらに近づくと、ガッと私と直樹を抱きしめた。

 

「良かった……!」

「電話、かけたの? スマホ? 窓をふさぐのに必死で放ってあったよ、ごめん」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、直樹がふがふがと答える。私はと言えば、足ががくがくと震え、おもわずへたり込んでしまう。

「良かった、来てくれてありがとう。どうしていいかわからなくて……」

「そうだよな、居なくてごめん。明日朝、近所のパトロールを増やしてもらうように交番に行ってくる。しばらくは東京も行かないから、大丈夫だよ」

「いかなくてもいいの? 東京?」

私は思わず正樹の顔を見た。自分で思うよりもずっと、その言葉が嬉しかった。

「じつは、こっちにオフィス分所を作れるように奔走してたんだ。ようやく形になりそうだよ、春から軽井沢オフィス、始動だぞ。そうしたら行き来しなくてすむから、ずっと一緒だ~」

ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる夫の腕が熱い。思わず零れた涙の理由は、恐怖から解放された安堵か、それとも。

ひとつ確かなことは、これからはもっと素直に、そしてタフにならなくては。

雪が、しんしんと、清らかに、降りつもる。明日は一面の銀世界だろう。

 
【第9話予告】
祖母が他界する前夜、虫の知らせがあったと語る後輩。ところが……?

日常にひそむ怖い話。こっそりのぞいてみましょう……。
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イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

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