僕は翔平を玄関に突き飛ばすと、煙の元を探して廊下を見回す。ふすまの向こうから、一層濃い煙が漏れていた。口元を覆いながらふすまを開けると、部屋には煙が立ち込め、今まさにこたつの中から赤い火がちろちろと見え始めていた。
無我夢中で洗面所に飛び込み、掃除用のバケツに水を入れるとこたつにぶちまけた。
じゅうっという音と、一層濃い煙とともに、火はあっけなく消えた。
震える手でこたつの布団にさらに水をかけながらめくると、どうやらコンセントの根本がほつれて、配電コードの一部が露出している。漏電して布団に火が付いたにちがいない。畳2枚分がこたつの布団の中で真っ黒だった。
「父さん、大丈夫!?」
一旦そとに出した翔平が、気になったのか戻ってきてしまった。僕はほっとしてバケツを放りながら、ああ、と気の抜けた返事をした。
「うわっ、このコードから火が!? ていうか俺、つけっぱなしで寝ちゃったのか、マジでごめん……! 畳、拭くよ、雑巾持ってくる」
「いや、これはもう拭いてもだめだろうな……真っ黒に焦げてる」
僕は呆然と畳を見つめながら、耳元の声について思いを巡らせる。
――あの声は、きっと美琴だ。今も反芻できる、切羽詰まった、でも懐かしい声。
「……おまえの『ここぞ』は、今日だったんだな……」
声に出したら、不意に涙も一緒に出た。
もしあの世なんてものがあって、1度だけ、何かのめぐりあわせで会いに来られるチャンスがあるのなら。
きっと美琴は、翔平と僕を助けるために今夜そのたった1回を使ったんだ。
「うおお、父さん!? どうした!? 泣いてる? マジ?」
雑巾を手に戻ってきた翔平が、ぎょっとして僕の両肩に手を置いてゆすぶった。
「大丈夫だ、ボヤだよ、家も大して燃えてないし2人ともなんともない」
「……お母さんが、耳元で叫んで起こしてくれたんだ。『火事だ! 翔平を助けて!』 って」
「ええ!? 嘘、マジ?……酔って寝ぼけたんじゃなくて?」
「わからん……でもとにかく、夢だとしても物凄い剣幕だったぞ。おまけに用件しか言わん。愛してるわ、とか一切なかった」
はは、はははは、と僕たちは気が抜けたように笑った。笑いながら、ちょっとだけ泣いた。
明日、橋本に会ったら。おばあちゃんは本当に会いにきたんだなと言おう。そういうこともあるのかもしれないな、と話そう。
ここに居なくても、人の想いはきっと残っている。
僕は家中の窓をひとつひとつ開けて、新鮮な空気を取り入れると、深呼吸をした。
空港には、怖い話がたくさんあって……?
春の宵、怖いシーンをのぞいてみませんか……?
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構成/山本理沙
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