私たちは日頃、自分の考えをコントロールできていると思っていても、実際はさまざまな「認知バイアス」に影響されています。「認知バイアス」とは、脳のバイアスにより認知にズレが出てしまうこと。影響力の強い認知バイアスの働きを理解すると、思考も人間関係もスッキリ変わって楽になります。新進気鋭の脳科学者・西剛志さんの『あなたの世界をガラリと変える 認知バイアスの教科書』から、人生のあちこちに潜む認知バイアスを事例とともに抜粋します。まずは西さんの実体験からどうぞ。


なぜ、長年連れ添った夫婦ほど相手にイライラしたりするのか?

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ある日のことです。わたしは1か月後に大きな講演会を行なうことが決まっていました。そこで、当時スタッフが足りず手伝ってもらっていた妻に「会場のレイアウトを担当の人と相談しておいてね」と事前にお願いをしておいたのです。

ところが、翌月になっても妻が準備を進めている様子が見えません。「一体いつになったらやってくれるんだろう?」そう思いながら仕事をしていましたが、2週間前になっても、1週間前になっても、動きがありません。

 

しまいには、いよいよ3日前となりました。さすがのわたしも不安になって思わず「どうして早くやってくれないの?」と妻に聞いてしまいました。

すると、妻から驚きの答えが返ってきました。それが「早くやってねと言われなかったから」という答えだったのです。あっけにとられましたが、いま思えば、当時のすれ違いの原因は、わたしと彼女でそれぞれ異なる無意識のルールをもっていたからです。

じつは、このすれ違いをつくり出しているのが、「透明性の錯覚」(Illusion of transparency)というバイアスです。「透明性の錯覚」は、1988年にコーネル大学の心理学教授トーマス・ギロヴィッチ氏らが発見した、「自分の考え、感情が実際以上に相手に伝わっていると思い込む」認知バイアス。

同じ家に住んで、同じものを食べ、生活リズムも近い夫婦の場合、「透明性の錯覚」が働きやすくなります。出会った当初、結婚してしばらくは誰もが「相手は自分と違う存在」という感覚で接しているはずです。

ところが、長年連れ添っていくうち、自己像と相手の像が一体化してしまいます。その結果、「なんでイラッとしているのに、わかってくれないの?」「こんなに疲れているのに、労らいの言葉の1つもないのはどうして?」「やってほしいと思っているのに、やってくれないのはなぜ?」と、伝えてもいない自分の感情が夫や妻に共有されていると錯覚してしまうのです。