平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第15話 吹雪の教習所

 

「今日の16時からの教習は、視界不良で一斉キャンセル! 皆、早く帰れ。駅前行きの送迎バスに乗る人は正面玄関から5分後に出るからな、急げ~」

自動車教習所のおじいちゃん教官の言葉に、今まさに教習を受けようとしていた私はがっくり肩を落とした。

 

――ウソでしょ!? このあとも2コマ、教習入れてるのに……。こんな辺鄙なところまで来て、1コマで帰るなんて、ああ、来るんじゃなかった……。

うなだれる私と反対に、周囲の高校3年生たちは能天気に「やったー! 得した」などと意味不明にはしゃいでいる。

まったく、無限に時間があって、友達がたくさんいる若者たちが羨ましい。それにひきかえ、私には友達どころか知人の1人もできないまま、北海道に来て4カ月も経ってしまった……。

夫の紘一が転勤になったとき、正直に言えば単身赴任が頭をよぎった。私は東京で生まれ育ち、田舎に住んだことはない。いきなり北海道の、しかも札幌ではなく道東の町に行くのはハードルが高い。

でも食品メーカー勤務で初の工場管理を命じられ、緊張している夫を一人で行かせて、私だけ残るというのも気が引けた。子どもでもいればまた違ったのだろうが、38歳の現在、私たちには子はいない。

幸いにも私は派遣社員。最近増えてきたフルリモート事務の仕事を探せば、転勤先でも多少の生活費を稼ぐことはできるだろう。

そう思ってついてきたのがこの前の9月。……今思えば、そのタイミングが良くなかった。北海道の冬の長さを知らなかった私。10月に粉雪が舞い始めたときの衝撃と言ったら。この調子では一体、春はいつ来るんだ。おまけに、緯度が高すぎて、冬は16時くらいからすでに暗い。

のっけからその調子で出鼻をくじかれた私は、仕事を始める前に免許を取ろうと決意した。東京ではさほど必要性を感じておらず、免許を持っていなかったが、ここにきて3日で悟った。車ナシでは、この最北の地では生きられない……。

信じられないほど両サイドに何もない平原が広がる国道を、イオンの袋を両手に下げてひとりぼっちで歩きながら、私は自動車教習所に入学を決意した。

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北の大地に、予想もしない落とし穴が……?
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