平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第16話 遠くの親戚より、近くの他人

 

「あ! 皆藤さん……ですよね、初めまして、あの、三田京子の娘の美紀です。いつも母が大変お世話になって……! 今日お会いできて良かった、今病院に母の様子を見に行ってきたところで」

私は畑の納屋から出てきた小柄な五十がらみの男性に声をかけた。

5月といえども陽射しが肌を刺す。私の実家は田舎の旧家で、庭はちょっとした広さがあり、凝った庭石が並んでいる。その奥には、家庭菜園というにはもう少し広い畑と、肥料や古い家財道具がしまってある木造の納屋があった。畑の横には小さな鶏小屋があって、3羽の雌鶏が囲いの中で平飼いになっている。

「あ……いやいや、これはこれは、いつもお世話になってます。大変でしたねえ」

首にかけた手ぬぐいをわざわざとって、皆藤さんは深々とお辞儀をしてくれた。濃紺のTシャツに、裾の広がった作業用ズボンをはいている。額の汗をぬぐいながら、人の好さそうな笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。

「ええ……母ももう85歳ですから。認知症の進行は緩やかでしたが、そろそろひとり暮らしは危ないと思っていたんです。足首を折ってしまったのは残念ですが、病院に入れて少しほっとしました。皆藤さんにはいつも助けていただいてるって母からきいています」

「いえいえ、世話になってるのはこちらですよ。三田さんには本当に」

「今日も、鶏に餌をあげるために寄ってくださったんですよね! お庭の手入れを皆藤さんに長年お願いしているからって、頼りきってしまって……本当に助かりました。東京と静岡じゃ、近いといってもなかなか来られなくて」

私はもう一度、心から感謝して頭を下げた。

「あの、よかったらお茶いかがですか。縁側に回っておかけになってください」

このとき私は、皆藤さんにどうしても言いたいことがあった。うまく引き留められたかどうか、心配だったが、彼は迷いつつもついてきてくれる。
 

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倒れた母の入院手続きのために実家に帰ってみると……?
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