車から降りてきた意外な人たち


考える前に、背中の赤いリュックを下ろして、振り回し、道路に飛び出していた。ヘッドライトが迫り、目前までくると、急停止した。

「あああ~! やっぱり! 心配でさ、スーパー銭湯行く前にこっち戻ってきたんだよ!」

車からどやどやと出てきた3人は、なんと、教習所の学科クラスの高校生の女の子たちだった。

「あ、ありがとう……! 止まってくれて! た、助かった……え、ええ? 戻ってきた? わざわざ来てくれたの……?」

涙と鼻水が噴き出すそばから凍っていく。恥ずかしい、と思うよりも、とにかく助かったんだという安心でさらに泣ける。

「駅でさ、降りるとき川村さんいないって気がついて。いっつも送迎バス使うし、トイレにはいたっしょ? だからもしかして乗り遅れて、路線バスに乗ろうとしてる!? って思ってお兄ちゃんにこっちに寄ってもらったの。良かった!! グッジョブ私たち! はやく車乗って」

運転席には、彼女たちの誰かのお兄さんがいて、心配そうに手招きしている。車に乗せていただいて、暖房が顔に当たった瞬間、体がすでに限界まで冷えていたことに気が付いた。

「川村さん、まつげばりばりだよ、待って待って。こすっちゃだめだよ、抜けちゃうよ」

3人は、代わる代わるタオルハンカチでまつげを解凍してくれる。優しい……。気にして戻ってきてくれたんだ。彼女たちが教室の片隅の私を認識してくれていた。

勝手に僻んでいた心に、あったかい掌から伝わる優しさが沁みた。

「川村さん、いくら都会のひとだからって、こんな日に生身で外あるいたら死ぬよ!? 夏だって、下手したら熊でるからね? そういう時は電話で迎えにきてもらわないと」

「熊!? あ、あの、本当にありがとうございます。おかげ様で、命拾いしました。スマホも充電きれちゃって……夫しか知り合いがいないから、電源あっても、あれなんですけど」

「え? マジ? じゃあ私らのグループLINE、入る? 教習所通ってるメンバーで作ってて、今日休講、とかテストの山、とか、バンバン入るし! 電話もできるよ」

3人のうちの、一番小柄な子が、「とりまiPhone、充電しとくね」と私のスマホをモバイルバッテリーにつないでくれる。ほどなくして電源が復活すると、「LINE交換しよう」とスマホを渡してくれた。言われるままに交換すると、サクサクとグループに入れてくれる。

ぴこん、と音がして、私のトーク画面の一番上に、教習所2023(21)と出た。21人も! つながった。

「川村さん、桃子、って言うんだね、ももちゃん!」

名前を久しぶりに呼ばれたのが、地味に嬉しい。

「あの、皆さんの、お名前を教えてください。感謝しても、しきれません。後日御礼をさせてください。あ、私は夫の転勤でこちらに越してきまして、自己紹介が遅れましたが、川村桃子、38歳です」

「さ、38!? ウケる、めっちゃおねーさん! 都会のひとは若く見えるね、20代だと思った~! 私らはね、るう、みき、よっちです! 運転してるのは私の兄のケイタ! よろしくねももちゃん!」

きゃっきゃと鈴がなるような声で笑い転げる3人。……そうか、ウケてくれてありがとう。ありがとう、淋しいを拗らせていた私に、気づいてくれて。

みんなにつられて、ふふ、と笑った。凍ったまつげがすっかり解けて、しずくがぽたりと落ちる。

長い一人相撲が、ようやく終わりかけている。

【第16話予告】
離れて暮らす母のところに久しぶりに戻ると、見知らぬ男が立っていて……?

春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

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