「青春って、すごく密なので」。2022年、夏の高校野球の優勝インタビューで語られた仙台育英高校の須江航監督の言葉は、「密」であることからしか生まれない、かけがえのない価値があることを改めて教えてくれました。「密」が徹底的に敬遠され、目の敵にされたのは、もちろん青春の学び舎だけではありません。渋谷ゆう子さんの著書『ウィーン・フィルの哲学〜至高の楽団はなぜ経営母体を持たないのか』で語られるのは、舞台上で「密」で音楽を奏でるオーケストラの奏者たちへのパンデミックの影響です。
 
世界最高峰の楽団とも評されるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はコロナ禍の2020年11月に来日し、全国8公演にわたるツアーを実現。しかも、ソーシャルディスタンスのない(間引きをしない)満席での公演に踏み切りました。今や同ツアーは、「奇跡の来日公演」として語り継がれています。リスクや批判が予想されるなか、ウィーン・フィルはどんな思いでこの日本公演を実現したのでしょうか。今回は本書から一部抜粋して、その舞台裏を覗きます。
 

経営母体を持たず、運営に関する決定を奏者が行う「個人事業主」集団

© Vienna Philharmonic / Dieter Nagl

オーストリアのウィーンで誕生したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下、ウィーン・フィル)は、180年の歴史を持つ世界的なオーケストラですが、同楽団に密着取材を行っている渋谷ゆう子さんが教えてくれるのは、その独特な組織形態です。

 

「ウィーン・フィルは創設以来、一貫して奏者が全ての運営を行なってきた『個人事業主』の集まり」と渋谷さんが言うように、ウィーン・フィルには経営母体がないことが大きな特徴で、「指揮者の選定からプログラム構成、チケット販売に至るまで、運営に関する全ての決定を奏者が行なっている」といいます。
 

独立採算制を取り、経営母体を持たない自主運営団体だからこそ、音楽活動の自由と共に、社会的な存在意義を高める施策を独自に行なう自由を持ち合わせているのだ。これについてクラリネットの首席奏者ダニエル・オッテンザマーは「すべての方向性に自分たちの音楽的バックグラウンドが反映されている」と評しているし、楽団長で第一ヴァイオリン奏者のダニエル・フロシャウアーは「誰に押し付けられているわけでもなく自分たちで決めて運営することで、音楽への責任感が増している」と話している。
――『ウィーン・フィルの哲学〜至高の楽団はなぜ経営母体を持たないのか』より