知り合いから「実は会社辞めたんだ」と聞いた時、あなたはどんな反応をしますか? 「え、なんで辞めたの?」と根掘り葉掘り聞きたいけれど、なかなか詳しく聞くことがはばかられるし、逆の立場だと言いにくいのも退職理由です。でも、会社を辞める理由にこそ、その人の人生論が見えてくるもの。何を大事にしているのか、どこが許せなかったのか。退職が決まった時に何を思ったのか⋯⋯。
有名企業を退職した錚々たるキャリアの6人に退職理由を聞き出したYouTubeの「日経テレ東大学」を書籍化した『なんで会社辞めたんですか?』。今回は本書より、JAXAを退職した宇宙飛行士・野口聡一さん、日本経済新聞社を退職した経済ジャーナリスト・後藤達也さん、アンダーアーマー日本総代理店を退職した実業家・安田秀一さんのインタビュー(聞き手・高橋弘樹プロデューサー)の一部を抜粋してご紹介します。  
 

「自分の目標やアイデンティティーを他者に作らせないため」JAXAを退職した宇宙飛行士・野口聡一さん

写真:Shutterstock

高橋 野口さんは今回、どうしてJAXAを辞めたんですか?

野口 僕はこれまで3回宇宙に行ったんですが、一度宇宙から帰ってくると短くても5〜6年、長いと10年くらい間が空いてしまうんです。次まで待てないこともなかったんですけど、もう1サイクル待とうとすると60代後半になってくるので、そこまで引っ張ると、そこから違う人生を始めるのは結構しんどいなと思いました。

5歳くらい上の先輩たちが定年再雇用になっても結果的に会社を離れて苦労されている姿も見ていたので、今のうちに次のスタート、要は”第2弾ロケット”に点火しないとこのまま海に落ちちゃいそうだなと思って、点火するなら今がいいかなと退職を決めました。

 

高橋 多くの退職する人が感じることとしてもう一つ、いわゆる燃え尽き症候群のような状態になることもあると思うんですが、何回も宇宙、あるいは登山に行けるわけもなく、そういうことができない人は、燃え尽き症候群とどう向き合ったらいいんでしょうか?

野口 2021年の東京オリンピックを見ていても、12、13歳でメダリストになるなど、すごいなぁと思う反面、彼ら、彼女らはこれからの人生をどうするんだろうと本当に思いますよね。たとえオリンピックで2回メダルを取っても、幸せは1回目の倍にはならないし、一方でそこからの反動も必ずあります。

私自身も1回目の宇宙飛行の後はそういう苦しみがありましたし、宇宙に行っているときは良いけれど、戻ってくると一気に目標を失ってしまうという経験があります。
でも、回数を重ねるごとにその対処法が実はうまくなっているという部分もある。だからこそ登山家は何度も何度も山に登るんでしょう。

1回目のオリンピックで金メダルを取って、そこから立ち直るのはなかなか大変なことですけれど、対処法としては、そこから違う目標を見つけて生きていく。それはオリンピックと同じ目標ではないと思いますけれど、同じように自分が日々幸せに暮らせる目標を作っていくしかないと思いますね。それこそが、自分の意味を他者に作らせない、自分で作っていくということになっていくと思います。

高橋 自分の目標やアイデンティティーを他者に作らせないというのはとても大事だと思います。仕事でも華々しい成果を上げた後、やる気がなくなってしまったり、退職もそうですが、他者ではなく、自分にはこういう目標があって、これを達成してエクスタシーを得られるんだというものは、どうやって作っていったらいいんでしょうか? 作り方のコツみたいなものはありますか?

野口 まさにそこが人生の秘密ですよね。会社でも、若い時にすごく頑張って「あの人、社長賞もらったのにその後パッとしないよね」なんて言われてしまう人もいますよね。私自身も今のところは幸いこういう形で注目していただいていますけれど、何年かしたら、「野口さんって3回宇宙行ったけど、その後パッとしないよね」と言われる可能性は大いにあります(笑)。

有名な賞を取る、大きな目標を達成する、あるいは大きな報酬を得るというような達成感は、大半は他者から与えられる目標であることが多いと思います。日本人は子どもの頃から、学歴社会のような、目の前に人参をぶら下げられている馬のごとく走っている感じがあるので、要するに人参を目指して走っているのは良いことなんですけれど、その人参を他者に決めさせないで、自分で人参を作るということは、非常に大事なことだと思います。

突き詰めていくと、自分がどうしていれば幸せかの答えは、間違いなく自分の中にあるんです。だから、それを探す作業をしなさいということです。