資本主義という荒馬を乗りこなせなかった


安田 力学はいろいろありますよ。うちの会社は非上場なので、ずっと銀行からの借り入れでやってきたんですけれど、やっぱり2019年に赤字を出したのが大きかった。銀行からの借り入れにはコベナンツ(融資契約締結の際の特約事項。企業は担保等なしで資金調達可能だが、不利益が起きた場合、全額返済などのペナルティーが発生する)というのがあって、赤字になると、銀行の管理下になるんですよ、本来は。

高橋 赤字を1回出しただけで?

安田 もうアウトです。銀行が会社の全ての権利を握ってしまうんです。ですので、銀行から「クビ」って言われたら、クビです。そういう約束で借り入れしているから構わないんですけれど、そこには赤字になる原因というものがあって、結局、僕は資本主義という荒馬を乗りこなせなかったんですよ。

僕らみたいなスポーツブランドのビジネスというのは、マーケティングフィーを払って商品を売ります。たとえば良い選手と契約するとか、うちの場合なら読売巨人軍と契約させてもらうとか、そういう部分でお金を払って認知度を上げて、エキサイティングな空間を作って⋯⋯とやっていくんですけど、いつか需要の天井が来るわけです。この天井をとにかく上に持っていくのがマーケティング活動です。広い意味でそういう活動の一つに国立競技場の件があって、どういうことかというと、建設費が1000億円安くなることによって、そのお金が他のスポーツ振興に使えるわけで、それによって我々の市場が大きくなるという発想を持ちつつ取り組んだんです。でも、そういった活動がウチのポテンシャルの天井に達しているのに気づかないまま、どんどん石炭をくべていってしまったというのが現実でした。

高橋 赤字になってしまったのは、勢いに任せて数字の検証が甘くなったということですか?

安田 そう。調子に乗ったってことですよ、完全に。

 

お金を稼ぐことと幸せは同じではない

写真:Shutterstock

高橋 安田さんが、辞める第一段階として、どうやって自分の意と反することを飲み込んだのかなって。周りの助言と、ちょっと超越的な力というか、最後の最後は自分で決断したことなのかなってところにすごく興味があります。資本主義の仕組みに疲れたのか、それを改良したいのか⋯⋯そこに何かヒントがあるような気がしたんです。

安田 結局のところ、競争に勝つという意味で、資本主義もカッコつけなんです。資本主義は”Big is better”だから、”自分のビジネスモデルが最高だと思ってる人間”と戦えるわけです。そこに銀行がついてきて、どんどん上に行くのが資本主義の実態ですけれど、要はカッコつけです。そういう意味で言うと、一味違うカッコつけ方をしたくなったのかもしれない。

それともう一つ、僕はそういう人たちを割と知っていますけれど、意外と幸せそうじゃないんですよ。本当に幸せな人ってあんまり見たことない。ビル・ゲイツにしても、2021年に離婚したでしょ。

結局、資本主義も方法論で、“人間は何のために生きているのか?”ということに尽きると思うんです。僕は幸せになるために生きていますけど、資本主義というゲームのルールでお金を稼ぐことが幸せだと思ったから、お金を稼ぐために頑張っていたんです。でも、お金を稼ぐことと幸せが同じかっていうと、全然違うことに気づきました。それが一番大きなきっかけかもしれない。
 

著者プロフィール
著・編:高橋 弘樹(たかはし・ひろき)

映像ディレクター。1981年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、2005年テレビ東京入社。『家、ついて行ってイイですか?』『ジョージ・ポットマンの平成史』『吉木りさに怒られたい』『AKB48、最近聞いた?~一緒になんかやってみませんか?~』などを企画・演出。2021年よりYouTubeチャンネル「日経テレ東大学」の企画・制作統括を務める。2023年2月末でテレビ東京を退社。同年3月より自身が代表を務める株式会社tonariでビジネス動画メディア「ReHacQ(リハック)」を開設。同名のYouTubeチャンネルは開始3日で15万人登録を突破。著書に『1秒でつかむ』(ダイヤモンド社)、『TVディレクターの演出術』(筑摩書房)、『都会の異界』(産業編集センター)、編著書に『天才たちの未来予測図』(マガジンハウス)など。

著・編:日経テレ東大学
日本経済新聞社デジタル事業とテレビ東京コミュニケーションズが”本格的な経済を、もっとたのしく学ぶ”をコンセプトに立ち上げたYouTubeチャンネル。2021年の開設から2年足らずでチャンネル登録者数は102万人を超え、成田悠輔×ひろゆきによるトーク番組「Re:Hack」をはじめ、数々の人気コンテンツを配信。2023年3月末で配信終了。

 

『なんで会社辞めたんですか?』
高橋 弘樹 (編集・著)、日経テレ東大学 (編集・著) 他 発行:東京ニュース通信社 発売:講談社 1650円(税込)

終身雇用の時代が終わり、雇用の流動性が髙まっている今、会社を辞めるか否かで悩むビジネスパーソンは増えている。会社を辞める時、人はどのような決断をしているのか!? 登録者数102万人超えのYouTubeチャンネル「日経テレ東大学」(※2023年3月で配信終了)内の人気番組「なんで会社辞めたんですか?」は、退職経験のある先輩方への本音に迫った対談番組。本書には、番組内で語られた赤裸々なコメントから、これからの世を生き抜くヒントを抽出して掲載している。


構成/大槻由実子