世界一小さなSOS
「3日も来ないから心配したぞ、今日来なかったら様子見に行こうと思ってたんだ」
女の子が4日目の夕刻にベンチにやってきたとき、オレは心底ほっとして交番を出て駆け寄った。
「別に。ちょっと風邪ひいて、学童もいかなかったから」
相変わらずそっけないけれど、彼女はオレの顔をみると少しだけ表情を和らげた。
もっと早く気づくべきだった。オレは自分の間抜けさとめでたさに嫌気がさす。
公園のベンチに並んで座った。こういうのをマジックアワーというんだっけ。空がピンク色で、さらさらと涼しい風がほほをなでた。もう夏も終わりが違づいていることを知る。
「……君が毎晩見てるて言ってたYouTubeの人、あれから検索してオレも見たんだ。つらい過去を乗り越えて啓蒙活動している女の人なんだね。でも妙だ、彼女は関西を拠点にしている人だった。このマンションにはいない」
女の子は微動だにせず、足元の地面を見ている。オレはもっとうまく尋ねたかったけれど、そんな場合じゃないと腹を括った。
21回。21日間もの間、夏のあいだ中、彼女がここに来た理由。
ここに住んでもいないYouTuberの出待ちなんかじゃない。
「あの男は、君に、君が辛くて嫌でたまらないことをしてるんじゃないか? 君はそのことを、交番に相談にきてくれたんじゃないのか?」
きっと学校の先生にも、友達にも、周りの大人にも言えなくて。でも誰かに助けてほしくて、ギリギリで虐待サバイバーの動画に救いを求め、それから近所の間抜け面でつったってる警官を頼ろうとしたんだ。
でも言い出せなくて、咄嗟に嘘をついた。もしかしてそんなクソ親でもかばいたい気持ちもあったのかもしれない。
その全部を、オレが気付いてやるべきだった。彼女のギリギリの判断を。SOSを。
「大丈夫、とりあえずあっちにいこう。交番の中は涼しいし、明るいし、お菓子もこっそり用意した。3日間、待ってたんだぜ、心配してたんだ」
ベンチから立ち上がろうとすると、彼女が突然オレの首にしがみついて、泣き出した。
「……君が心配で、台帳で住所を調べてマンションの周りにパトロールにいったんだ。周囲にそれとなく聞いたけど、大きな物音や不審な声をきいたひとがいなくて、助けにいく方法がなかった。都会の高級マンションて怖いな、俺の地元のアパートと違って、外からはなにが起こってるか全然わかんないから。
勇気を出して来てくれてありがとう。これで君をきっと助けられる」
オレはやせ細った背中をぎゅっと抱えて、それから彼女の手をぎゅっと握りしめると、明るい交番の中に導いた。
近所の一軒家で一人暮らしの女性、通称「貞子」。ある日サッカーボールを庭に蹴り入れてしまい……?
夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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構成/山本理沙
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