幼少期にトラウマ(心的外傷)を負うと、大人になっても様々な影響が出ますが、その全体像はなかなか知られていません。トラウマを負った人が、そもそも自分がトラウマを負っていること、それによって受けている影響を自覚するのはとても難しいことです。今回は自身も虐待のサバイバーである筆者が、トラウマ治療やトラウマとは何なのかについて、トラウマ治療を行う精神科医の白川美也子さんにお話を伺いました。

 

白川美也子(しらかわ・みやこ)
精神科医、臨床心理士。1989年浜松医科大学卒業、同精神科教室入局。2000年国立病院機構天竜病院小児神経科・精神科医長。2007年浜松市精神保健福祉センター所長。2008年国立精神・神経医療研究センター臨床研究基盤研究員。2011年フリーランスになり東日本大震災後の岩手県沿岸部の学校支援を経て、2013年10月 「こころとからだ・光の花クリニック」を東京・杉並区で開業。著書に『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア: 自分を愛する力を取り戻す〔心理教育〕の本』(アスクヒューマンケア)、『トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること』(講談社)などがある。

 

1回1万円でも安い方、トラウマ治療は高い?


――取材する中で、過去の虐待などのトラウマでPTSDが酷く、働くことや日常生活に支障が出る人の話を聞くことがあります。そういう人にとって社会生活をしていくためにトラウマ治療は切実に必要なものだと思いますが、トラウマ治療は1回1万円でも安い方だと聞いたことがあります。トラウマ治療が高くなってしまう原因は何でしょうか。

白川美也子さん(以下:白川):まず「トラウマ治療」とは何かということになります。トラウマ処理という特殊技法は、単なる対話的な治療というより、小さな手術みたいなところがあるんですね。大きく分けるとトラウマ記憶の処理をするトップダウンの治療や、身体や自律神経系に焦点をあてたボトムアップの治療があります。また、パッケージ化されてエビデンスが確立されたトラウマ焦点化認知行動療法というのもあります。どれも時間がかかります。1回1万円でも安い方だというのは、おそらくそのような時間のかかる心理療法の話ではないでしょうか。臨床心理士や公認心理師の1時間の治療では1回1万円でも安い方だというのはその通りだと思います。

誤解されているのは精神科医療のなかの話です。よくトラウマ治療には保険が効かないといわれていますが、実際はトラウマを受けた人が精神科医療に行けば、普通に治療を受けることは可能ですし、トラウマにアプローチすることは可能です。ただ、いわゆるトラウマ治療をする人としない人がいますし、かけられる時間が施設によって全く違います。私は開業するまでは保険の範囲のなかで、30分や1時間の治療を行ってきました。ただし、公立病院以外では勤務先に遠慮をして、17時以降や土日などの時間外に行っていました。現状では選定療養費という形で予約料を取らないと経営が成り立たない現状があるんです。一般的な精神科のお医者さんだったら、1時間に10人〜12人診るのは当たりまえです。大学病院に行きたいという患者さんがいたので、紹介したら「ひとり3分で診なければいけないと言われている」と言われて、戻ってきたこともあります。うちだと例えば30分に1人しか診れないですし、場合によっては1時間かけることもあります。