舞台へ
彼女がこちらに来て、話しかけてきた。
まっすぐに発音される、よくとおる声。もっと聞きたくなる、魅力的な。私は目を閉じた。
この子は、世に出る。どんな嫌がらせをされても、ものともせずに。
「……誰かがそのあたりに入れてました」
ぶっきらぼうに、ロッカーを指さした。
「え!? ありがとうございます、うわッ、邪魔だったのか……? どこかな、このあたりですよね。あ、これか!?」
彼女はかたっぱしからロッカーを開けていくと、ひとつダイヤルロックがかかっていて開かないところがあった。あの二人組が立っていたあたり。おそらくそこに入っているはず。
「あちゃー、鍵かかっちゃったか。お財布いれっぱなしだし、誰かが入れてくれたのかな。すみません、だらしなくて」
「私じゃないです」
私は目をそらして、ストレッチに専念しようとした。
「こういうタイプの鍵、番号忘れちゃうのはよくあることだし、スタッフにお願いしたらマスターキーで開けてくれるんじゃないかしら。もうすぐ本番だし、急いだほうがいいですよ」
黙っていた罪悪感から、私は早口で告げた。前のグループが呼ばれて15分は経つ。次は私たちが呼ばれるはずだ。さすがに彼女もジャージで試験を受けるはずがないから、きっとレオタードやらメイク道具やらが入っているんだろう。さっきまでそれを期待していたくせに、いざとなると彼女がいやにのんきで試験に間に合わなそうなことに焦りを感じた。
「あー、まあいいや、ここにあるってわかれば、あとで開けてもらえれば。お水はあるし! テストは身一つで充分」
からからっと、白い歯を見せて、彼女は笑った。
たまらなく魅力的な顔で。
身一つで充分。それだけをもって、主役になる、彼女は。
「申し遅れました、一条玲、22歳です! がんばろうね!」
「……浅井ゆきのです。奇遇ね。同い年だわ」
私はゆっくりと彼女の正面に立ち、手を差し出した。彼女も、きょとんとしたあと、一層笑顔になって両方の手で握ってくれた。
誰が前でも後ろでも関係ない。たとえ100年に一人の天才の隣でも。
私は、私の闘いを戦おう。
「受験番号330番から345番の方! ホールへ」
3秒、目を閉じてから、私は背筋を伸ばして、控室を出た。
隣家の主婦が口にした、「奇妙な頼まれごと」とは?
構成/山本理沙
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