米倉涼子さんが見た、最新のおすすめエンタメ情報をお届けします。

今回紹介する『PERFECT DAYS』は、色々なことをセリフで説明する映画ではないからこそ、観る人によって受け取り方が異なる作品なのではないかと思います。 主人公は渋谷のトイレ清掃員として働く平山。この映画はもちろんフィクションですが、東京で暮らすひとりの男の人の毎日を映し出したドキュメンタリーを観ているような気持ちになりました。

©︎ 2023 MASTER MIND Ltd.

平山さんは同じ時間に起床して植木に水をあげ、支度をして、缶コーヒーを買って車に乗り込み、職場に向かいます。
仕事が終われば自転車に乗って銭湯に通い、居酒屋のいつもの席でお酒を飲む。
寝る前には布団のなかで文庫本を読み、ときどきフィルムカメラで木漏れ日の写真を撮ったりすることもあります。

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ヴィム・ヴェンダース監督に聞いてみたくなったのは、『PERFECT DAYS』というタイトルをつけようと思った理由。
今日は完璧だったと言える日を過ごすのは、たぶん誰にとっても簡単なことではないですよね。
そう思える日を、一日だけではなく“DAYS”にしていくのは、とても根気のいることだと思います。

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平山さんは自分のために一つひとつのものを丁寧に選んで生活を整え、規則正しく暮らすことでパーフェクトを目指している人です。
完璧であることや幸福についての価値観は十人十色ですが、私自身に置きかえて考えてみると、同じ毎日の繰り返しで満足感を得ることは難しいような気がします。
モデルだった10代の頃から夏に冬の服を着て、冬には夏の服を着るような生活をしてきたからかもしれません。

 

そんな私が規則正しい毎日を送るのは、舞台の公演中。
同じ時間に起きて、ほぼ同じようなものを食べる日々の中で自分と向き合うことになるし、体調管理もしやすいなと思います。でもその仕事だけを一生続けるのは、私にはちょっと無理そう。
『シカゴ』だったらずっと舞台に立っていたいと思うかな、それとも演目が違えば大丈夫かも……? とも思うのですが、5年くらいが限界のような気がします。

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©︎ 2023 MASTER MIND Ltd.

そんな風に感じると同時に、ルーティンがあるからこその発見が描かれる場面を見ながら、自分にも共通する感覚だなと思いました。
平山さんが撮影する木漏れ日も、まったく同じものはないんですよね。
私も毎日、犬の散歩をするようになってから、街の小さな変化に気づくようになったと思います。

平山さんの過去は詳しく描かれていませんが、突然訪ねてきた姪や、彼女を迎えに来た妹とのやりとりから、裕福な実家との縁が途切れていることがわかります。

©︎ 2023 MASTER MIND Ltd.

説明がない映画のなかで際立っているのは、役所広司さんの存在感。
トイレ清掃員としての準備はもちろんされたと思うのですが、セリフの少ないこの役をどんな風に演じていったのか、そしてどのようにしてヴィム・ヴェンダース監督と心を通わせたのか。
穏やかそうに見えて、ときどき怖いくらいの目力を見せる場面も印象に残りました。
海外の監督の目を通して見る東京の街は新鮮で、初めて眺める風景のように感じる場面も。そんな楽しさも感じさせてくれる映画です。

 

<映画紹介>
『PERFECT DAYS』

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。
同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。
ドイツを代表するヴィム・ヴェンダース監督と、日本を代表する俳優の役所広司による、日独合作のドキュメンタリーのようなフィクション。2023年のカンヌ国際映画祭では、ヴェンダースの最高傑作との呼び声も高く、役所は最優秀男優賞を受賞した。TOHO シネマズ シャンテほか全国公開中。

配給:ビターズ・エンド


取材・文/細谷美香
構成/片岡千晶(編集部)

 

 

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