『異人たち』 4月19日(金)より公開 Ⓒ2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

たとえば本作では、両親へのカミングアウトが物語上の重要な要素として登場します。アダムは幼い頃に両親を亡くしただけでなく、そのことで彼らに「秘密」を抱えているような感覚があり、精神的なつながりを感じられずにいます。自分のセクシュアリティを自覚した思春期のゲイの多くが、親に知られたら愛してくれなくなるかもしれないという不安や恐怖を覚えますが、アダムはそうした感情を抱えたまま中年になった人物です。

 

『異人たち』はその感情をある意味生々しく映し出す作品で、たとえばこの文章を書いているわたしは中年に差し掛かりつつあるゲイ男性ですが、この映画を観ていて、10代のときの自分が持っていた不安や孤独感を強烈に思い出しました。そうした気持ちは消え去ったわけではなく、忘れていただけでずっと自分のなかにあったものだったのです。

アダムがゲイであることを聞いた母は、1980年代に亡くなっているために当時の価値観を引きずっており、はじめは典型的な偏見を息子にぶつけてしまいます。寂しい人生なんじゃないの……と。それは、息子を愛しているがゆえの心配から生まれてしまう偏見です。アダムは「そんな時代じゃない」と言い返します。カミングアウトをしても、親子がすぐにわかり合えるものではないことをこの映画は率直に描きます。それは、けっして過去になったものではありません。時代は変わって、たしかに昔に比べれば世の中のLGBTQに対する理解も進んだように見えるけれど、いまも当事者が抱える不安や孤独はどうしようもなく存在し続けているからです。

『異人たち』 4月19日(金)より公開 Ⓒ2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

アダムとハリーの関係においても同様です。両親にゲイであることを告げるのと並行し、アダムは出会ったばかりのハリーに対してもゆっくりと心を開いていきます。はじめは彼との世代の差を感じるアダムでしたが、今風の若者に見えるハリーもまた、家族から疎外された感覚を抱いていることを知ります。時代が変わっても、ゲイが人知れず抱える寂しさが存在することをアダムは噛みしめるのです。

それでも、その消えない痛みや悲しみを共有することでふたりは本当の意味で惹かれあっていきます。わたしは、『異人たち』がもっとも描きたかったのはそこだと感じます。ゲイがゲイであるがゆえに抱える孤独はいまも存在するからこそ、それを他者と分かち合うことで生きていく力を得るのだと。


それは両親に対しても同様で、父にもカミングアウトしたアダムは、生前お互いにすれ違いがあったことを実感しますが、それでも感情的に歩み寄ることで心を通わせます。そこでアダムは郷愁だけでなく、大切なひとに心を開くことの尊さを体感するのです。

『異人たち』 4月19日(金)より公開 Ⓒ2023 20th Century Studios. All Rights Reserved. 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

『異人たち』はそんな風に、ゲイだからこそ直面する人生の孤独を描いた作品ですが、だからと言って「ゲイにしか共感できない」ものではありません。そうではなく、ヘイ監督が原作をきわめてパーソナルなものとして捉え、ディテールも含めて丁寧に描き切っているからこそ、感情的な真実味を湛えた一本なのです。それは間違いなく、観るひとのジェンダーやセクシュアリティを超えて伝わるものだとわたしは思います。日本のクラシック作品を起点とし、土地も時代も超えてこんなにもエモーショナルで美しい映画が生まれたことに、どうしようもなく感動してしまうのです。

作品情報)
『異人たち』



原題:ALL OF US STRANGERS
監督:アンドリュー・ヘイ『WEEKEND ウィークエンド』『さざなみ』『荒野にて』
原作:「異人たちとの夏」山田太一著(新潮文庫刊)
出演:アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
映倫:R15+

構成/山崎 恵

 

前回記事「2023年「素敵おじさんにキュンとなる」海外ドラマ3選。ふと見せる繊細さにときめき、心癒やされる!本」はこちら>>