2016.11.1

逆境を超えていく者へ 7
ことばのとらえ方

 

11月。冷え込んできました。
心模様も凍えたりあたためてみたり……


ことばのとらえ方

運動会。1年生の次女。本人なりによくがんばっている姿が見受けられた。

でも、涙する場面も見られた。
くやしいのだろう。

かけっこも最下位に。しかも、ゴール近くで、次の走者のためのゴールテープを出そうとした6年生が飛び出してきてぶつかり、うちの子転倒。 あれはダメ押しだった。本人の気持ちを考えると、正直こちらも泣きそうにもなるシーンだった。


また、何日か経って、かけっこで次女といっしょに走った子のひとりが、うちの子にこんなことを言ったという。

「〇〇ちゃん(うちの子)と同じでよかった。いてくれてよかった」
と。

それをうちの子は、「ビリにならなくてよかったってことだったんだと思う。だって私が最後なんだから。やだった。」と話していた。

けど、果たしてそうなのだろうか。
そのときの感触は本人にしかわからない。
けれど、あえて悪くとらなくてもいいような気もした。


いい意味で、「なにがあってもいっしょだよ」と励まし的なことが言いたかったのかもしれないし、反対に、たとえ悪意の含まれたことだったとしても、それが経験できただけでもよかったように思う。


同級生の男子に「(走るの)おそい」と言われたのも、「おい、お前どうしたんだよ、がんばれよ」という、励ましや後押しの場合もあろう。そうとらえるように私はしている。


投げかけられたことばのとらえ方。
大人になっても変わらないこと。

小さなときから、根本は変わらないんだなと気づく。

きっと生まれ持った身体感覚や、感受性、周りの家族といった人たちの処し方をみながら、人それぞれのとらえ方をしていくのだろうから、面白いものだ。


あえて悪く取らない。とりあえず何言われても「ありがとう」と感じておく。

そうするとあまり気持ちがどす黒くならない。このところ私はそうしている。

ありがたくそのまま感謝で頂戴することもあれば、時に適当に流したり、放かしたり。あとは考え方を変えてみたり。たとえば「あの人は、ああいうタイプの人なんだ……」。それがわかっただけでもよかった、とか。

そんなことをたぶん40近くになってやっと身をもってわかり、やっている。(できないときもままあります。笑)

小学1年生でそれに気づいて身についてたらサイコーだね♪
応援していきたい。
 

つづく