ミモレ世代にとって忘れられないドラマ『想い出に変わるまで』『あしたがあるから』など数々の名作を手がけてきた脚本家の内館牧子さん。読者から「これって自分のこと?」という反響が続々と届き、ベストセラーとなっている“定年小説”『終わった人』が映画になりました。公開に合わせて、働く女性の頼もしい大先輩である内館さんに脚本家デビューをした40代の頃の経験、そして私たちにとってもそう遠くない人生の第二ラウンドに向けての心構えについてインタビュー。ユーモアたっぷりで朗らかな内館さんの言葉が、迷えるミモレ世代の背中を押してくれます。
舘ひろしさん演じる主人公は、仕事一筋だった一流企業のサラリーマン。出世コースから外れて子会社で定年を迎えたことで、まだ“終わりたくない人”のまま定年を迎えてしまいます。サラリーマンとしての気持ちを成就させていないから仕事への未練もあり、趣味もないためありあまった時間をどう使っていいのかもわからない。そんな手持ちぶさたな状態を脱しようとジタバタする日々が始まります。
「あの舘さんがダサめの普通のおじさんを演じるのか、と最初は思ったんです。でも完成した映画を観て、舘さんでよかったと思いました。ご自分でもおっしゃっていたけれど、安い服を着ても似合っていて、チラッとかっこいいところが出ちゃうの(笑)。でもそのチラッがあるからこそ、若い頃は仕事をバリバリして女を泣かせるようなこともしていたんだろうな、と思わせるんですね。今のしょぼくれた状況とのギャップが生まれて、とてもよかったと思います」
退職して愚痴っぽくなった夫に対して、黒木瞳さん演じる妻の千草は40代のときに美容学校に通い、今も現役の美容師としてイキイキと活躍中。美容学校の理事も務めている内館さんが「仕事につながることを学ぼうと、30、40代から通いはじめた人たちと接した経験を反映させたキャラクター」だといいます。
「この先、どうしようかと悩んでいる人が多い世代ですよね。千草の場合は専業主婦としてやってきたけれど、人望はあっても運がなくてエリート街道を進めなかった夫の会社でのポジションも見えてきた。そこでもしも何かあったら私が食べさせるわって、簡単な道ではないことは理解しつつも行動を起こした婦人を描きたかったんです」
40代は十分再出発できる年代
専業主婦から新しい世界に飛び込んだ彼女の生き方に、勇気づけられる人も多いかもしれません。今の仕事が自分に合っているのか。やりたいことにふたをしていないか。もうひと頑張りできそうな40代は、再出発への夢を捨てきれない年代でもあります。
「再出発、十分できる年代だと思いますよ。私は会社を辞めたのが35歳で、脚本家デビューしたのが40歳。最初の頃、書くことで得る年収は2万円だったの。講談社と小学館の漫画雑誌で欄外の余白に先週のあらすじを書く仕事をしていました。当時、三菱重工業に13年間も勤めて退職金が85万円。でも結婚退職だと3倍なの! ひどいわよねぇ(笑)。井沢満さんという脚本家にその話をしたら、僕が名前を貸してあげるよ、って。ばれるからいいわと断って、退職金を頭金にして新車を買うことにしたんです。弟に笑われたんだけれど、私が選んだのは何と三菱車。課長には、“いい根性してるな、社員割引してやるよ”って言われました。ギャグみたいな流れでしょう(笑)」
エリート街道を目指していた人ならではの悔しさや虚しさも描かれていますが、仕事を持つ者なら誰でも共感できるのは、肩書きや役割をなくしたときに気持ちを切り替えることの難しさ。自分は上手にソフトランディングできるのかどうか、主人公のジタバタが他人事には思えなくなってきます。
「映画を観た方からは、コメディなのに身につまされるっていう声が聞こえてきましたね。でも上手な終わり方って、自分が終わった人だと認めるところから始まる気がするんです。いくら寂しいと思っても、次の世代がどんどん出てくるでしょう? 熟練の職人が必要とされる世界もあるけれど、サラリーマンにとって第一線でいられる時間はすごく短い。会社員だけではなく、どんどんオファーが減ってくるフリーランスだって同じだと思っているから、イラストレーターも登場させています」
仕事から退く日を心穏やかに迎えるために、何か準備をしておきたいと思うところですが……。
「仕事を任せられるようになるのが30歳過ぎ、第一線にいられるのはせいぜい55歳くらいまでと考えると、仕事に没頭できる時期は25年間くらいだと思うんです。だったら退職後のことを心配して、老後の趣味を見つけようと考えるのはもったいない。忙しい時期に時間をやりくりして、描きたくもない油絵を描くのは無駄よね(笑)。子供もあっという間に大きくなるから、目一杯仕事をして、子育てをして、役目が終わったときにはしがみつかずに明るく次のラウンドに進んで行くのが理想的だと思います。新聞の投書欄で、料理人を引退した方が料理教室を開いて感謝されたという記事を読みましたが、これはとてもラッキーなパターン。自分が必要とされていないことを認めて、それを自由だと捉えて楽しむ覚悟も必要だと思います」
働けるときはとことん働いて
年代ごとになすべきことがあり、品格ある引き際のために必要なのは、自分を客観的に見つめる視点なのだと内館さんは語ります。働ける時期には、とことん働いた方がいい。そんな答えを導き出すきっかけになった、40代での失敗談(⁉︎)も教えてくれました。
「NHK連続テレビ小説『ひらり』が終わったときに6ケ月のお休みをもらって、パリに行ったんです。最初はホテルに宿泊して、アパートを借りてフランス語の学校に通う予定でした。窓を開ければパリの街並みが見えて、小さなキッチンで食事を作って、美術館に通って……。とても優雅な毎日だったのに、私、一週間で飽きちゃったの(笑)。偶然ホテルで会った高名な写真家さんには“僕は撮影が終わったら2泊で帰るよ。奇特な人がいるもんだな”なんて言われるし、私自身も半年も滞在するのは無理だわ、みんなにパリに行くと宣言したのにどんな言い訳をして日本に帰ろうかと思っていたんです。そんな時にちょうどありがたいことに橋田壽賀子賞のお話をいただいて、授賞式にあわせて帰国しました。あの頃の忙しい私には、パリでの半年間の休暇は向いていなかったんですね。それに保守的で頑固な性格だからイギリスの方が合っていた、とわかったのはずっと後のこと(笑)。10年前に心臓を患ったので叶わぬ夢になりましたが、40代の頃に仕事をうまく調整して1年くらい海外に住んでみたかったなという思いは残っています」
自分が学びたいことを学ぶ贅沢
今年の9月には70歳の誕生日を迎える内館さん。インタビューの最後に、これから挑戦したいことについてもうかがいました。
「以前、神道を学んでいた國學院大學で今度は古事記を勉強したいと思っています。あとは天文学にも興味があるので、いつかもっと時間ができたら学んでみたい。ギリシャ神話の世界も楽しそうですよね。53歳で東北大学大学院に入学した頃は横綱審議委員をしていて、このままでは女が土俵に上がってしまう、私自身がもっと勉強をする必要があると背に腹は変えられない状況だったんです。あの頃はたまたま学んだことを生かせる環境にいたけれど、今は社会に役立たなくても自分が学びたいことに取り組みたいですね。学んだことを生かそうという気持ちはではなくて、自分が学びたいことを学ぶって、とても贅沢なことだと思います」
<映画紹介>
『終わった人』
仕事一筋で生きてきた田代壮介は定年を迎え、やることのない日々をどう過ごせばいいのか途方に暮れる。美容師の妻は忙しく、すでに結婚している娘には、恋でもしたら? とからかわれる毎日。危機感を抱いて通い始めたカルチャースクールやジムでの出会いをきっかけに、第二の人生が動き出すが……。6月9日(土)全国公開予定。
撮影/神ノ川千早 取材・文/細谷美香
構成/片岡千晶(編集部)
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